「……あれ?」

 気がつけば見慣れない天井が見えた。

「えっと……」

 体を起こす。
 どうやら、俺は控え室のベッドで寝ていたみたいだ。

「……なんで寝ていたんだ?」

 前後の記憶がちょっと曖昧だ。
 えっと、いったいなにが……?

「お兄ちゃん!」
「うわっ」

 横からがばっと抱きつかれた。

 エリゼだ。
 なぜか涙目になっている。
 迷子になった子供がようやく親に会えたような感じで、ぎゅうっと、力いっぱい……

「って、いて!? 痛いから!?」
「あっ、す、すみません」

 エリクサーのおかげで、エリゼの身体能力はかなり高くなっているからな。
 全力で抱きしめられると、骨がぎしぎしと悲鳴をあげてしまう。

「お兄ちゃん、大丈夫ですか? 痛いところはありませんか? 体におかしいところはありませんか? 気持ち悪いとか、そういうことはありませんか?」

 強いて言うなら、エリゼに抱きしめられたところが痛い。
 ……が、そんなことを言うと泣かせてしまいそうなので、やめておいた。

「いや、大丈夫。ちょっとくらくらするけど、特に問題はないよ」
「よかったぁ……」
「えっと……俺は、どうして寝ていたんだ? そうだ! 大会は!?」
「お兄ちゃん、覚えてないんですか?」
「魔法を放ち、競り合ったところまでは覚えているんだけど……」

 なぜか、その後の記憶がない。
 綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 たぶん、気絶してしまったのだろう。

 決勝戦の前にハンナと戦い。
 当の決勝戦では、メルが思っていた以上の強敵で、こちらも全力で当たる。
 おかげで、かなりの魔力を消費してしまった。
 その影響が体に出て、耐えきれずに気絶……というところだろう。

 うん。
 少しずつ頭がハッキリしてきたぞ。
 まともにものを考えられるようになってきた。

 ただ、なぜ控え室で寝ているのか?
 試合はどうなったのか?
 そこは、さすがに推測することはできない。

「試合はもう終わっていますよ。もちろん、お兄ちゃんの勝ちです♪」

 さすがエリゼ。
 俺の考えていることを察したらしく、そんなセリフを口にした。

「そっか……俺、勝ったのか……」

 最後の最後で気絶したせいか、いまいち実感が湧いてこない。

「もう少し詳しいことを教えてくれないか?」
「はい、もちろんです。あれから……」

 エリゼの話によると……

 俺の魔法がメルの魔法に打ち勝ったという。
 結界は負荷に耐えきれず崩壊したものの、万が一の保険がかけられていたらしく、予備の結界が即座に発動した。
 そのおかげでメルは身体的なダメージを受けることはなく、魔力の欠損のみで済んだという。

 メルは倒れて、俺の優勝が決まった。
 しかし、俺も魔力の使いすぎで、ほどなくして昏倒。
 そのまま控え室へ直行……というわけだ。

 決勝戦に出場した二人が揃って倒れて、さらに結界が壊れるという異例の事態。
 現場は相当混乱したらしく、今でも先生達が後始末に追われているとか。

「……という感じです」
「なるほど。ところで、なんでエリゼがここに?」
「お兄ちゃんの行くところ、私あり、です!」

 よくわからないことを、そんな堂々と言われても。

「もちろん、お見舞いに来たんですよ」
「そっか、ありがとな」
「えへへ~♪」

 頭を撫でると、エリゼはふにゃりと笑う。
 機嫌の良い時の猫みたいだ。

「他のみんなもお兄ちゃんのお見舞いに、と言っていたんですけど、大勢で押しかけると迷惑になりそうなので……妹権限で、私が代表して来ました」
「さりげなく強権発動してるな……あとで、みんなにも礼を言っておかないと」

 言われて気づいたけど、控え室は俺とエリゼ以外誰もいない。

「ところで……メルは? メルも魔力を全損して倒れたんだよな?」
「メルさんの方がちょっと大変だったみたいで、保健室で治療を受けているみたいですよ。そちらは、アリーシャちゃんや他のみんなが様子を見に行ってくれています」
「俺も様子を見に行かないと。
「ダメです」

 なぜか即答で却下された。

「え、なんで?」
「だって、その……女の子の治療ですよ? 魔力の状態だけじゃなくて、怪我をしていないかとか、そういうところも確かめないとですから……」
「ああ、そういう」

 健康診断のようなことも同時にやっているのだろう。
 たぶん、今のメルは薄着なわけで……

 男である俺が傍にいるわけにはいかない。

「お兄ちゃん、今、えっちなことを考えませんでした……?」
「か、考えてない。考えてないから、その目はやめてくれ」
「むぅ」
「とりあえず、俺はもう少し寝るよ。まだ少しだるいし、魔力も回復していないみたいだから」
「はい、わかりました。私はここにいますね」
「大丈夫だって。それよりも、他のみんなに俺が目を覚ました、っていうことを伝えてくれないか?」
「お兄ちゃんがそういうのなら……むぅ、いけずです」

 エリゼはちょっと不満そうにしながらも、素直に保健室を出ていった。

 一人になった俺は、とある人のことを考える。
 当然、それはメルのことだ。

「メル・ティアーズ。あの口ぶりからして、俺の前世を知っているよな? それだけじゃない。前世の魔法を使い……いや。完全に使いこなしていた。メル・ティアーズ……いったい何者なんだ?」