「……私は、元貴族なの」

 あれから、少ししてハンナが目を覚ました。

 目を覚ましたハンナは、今までのことが嘘のように理知的で、暴れることはなかった。
 場所を魔法大会の控え室に移して、そこで、みんなも一緒に事情を聞く。

「昔は、なにもかも順調というか……なに一つ問題はなかった。お父さんとお母さんはいつも笑顔で、優しくて。家にいるメイドさん達も楽しい人ばかりで……幸せだったと思う」

 だった、と過去形を使うっていうことは……

「でも……とある事件が起きて、状況が一変した」

 ハンナの両親に雇われている男が犯罪に手を染めたらしい。
 よりにもよって、他の貴族の子供を傷つけたとか。

 男だけの問題ではない。
 ハンナの両親も責任を追求されることになり、色々と揉めて……
 最終的に、貴族位を剥奪されることになった。

「それからは……酷いものだったわ。お父さんもお母さんも笑顔が消えて、いつもケンカをするようになって……誰もいなくなって、家の中から明かりが消えたみたいな日が続いたの」

 それは……たぶん、今も続いているのだろう。
 ハンナの顔は辛そうに歪んでいる。

「仕方ない、って思っていたの。お父さんとお母さんに責任があるのは事実。没落したことは仕方ない、って。笑顔が消えたことも仕方ない、って。でも……そうじゃなかった」
「と、いうと?」
「仕組まれていたことなのよ」

 事件を起こした男とは親しくしていたから、両親だけではなくて、ハンナも罪悪感を覚えていた。
 なにもできないけど、せめて謝罪をしたい。

 そう思い、被害者の貴族のところへ向かうのだけど……

 そこで、偶然、真実を知ってしまった。
 事件は被害者貴族の自作自演。
 その目的は、ハンナの両親を陥れること。

「お父さんとお母さんは……罠にハメられたのよ」
「そんな……ひどいです」
「気分のよろしくない話ですが、まったくないということではありませんことよ」
「シャルロッテさんの言う通りね。貴族は、汚いところも多いから」
「……あの時、そう言ってくれる人がいたなら、私は」

 真実を知ったハンナは、当然、両親の名誉を回復しようとした。

 しかし、証拠はない。
 そして、当時は子供。
 戯言として片付けられてしまい……
 果てに、逆に名誉毀損で訴えられそうになってしまったという。

「お父さんとお母さんは……私を叱ることはなくて、逆に謝ったわ。私達のせいでごめんなさい、って。力がなくてごめんなさい、って」
「もしかして……」
「そう。だから、私は力を欲するようになった」

 力のない子供だから、なにもできない。
 それ以前に、力を持っていたのなら、事件をはねのけることができたかもしれない。

 ハンナはそう考えるようになって、表向きは優等生を演じつつ、心の底では貪欲に力を求めるようになった。
 エレニウム魔法学院に通うようになったのも、その影響だ。

「気持ちは……わかるつもりよ」

 アリーシャは胸元に手を当てつつ、ゆっくりと言う。
 心に抱いた想いを言葉に紡ぐ。

「あたしも力を求めた時があった。とにかく強くなりたいと思った事があった。そうすれば、もう二度と、なにも失わないはずだ……って」
「……アリーシャさん……」
「でも、それ、間違いだったのよね」

 アリーシャが苦笑する。

「力だけ手に入れても仕方ないの。強くなったとしても、結局、なにも変わらない……心を強くしないと」
「……心を……」
「あとは、素直に周りの人に頼ること。一人にならないことが一番大事だと思うわ」
「……そうね。うん。本当にその通りだと思う」

 ハンナも苦笑した。

 自分がやってきたこと。
 そのことについて、まったく意味がないこと。
 ようやく気がついたのだろう。

「本当……私、なんであんなことをしようとしたのかしら? 強くなりたかったけど、奪われたくなかったけど……でも、それであの時の笑顔を取り戻せるわけじゃないのに。やるのなら、また新しい笑顔を作らないといけないのに……それなのに私は……うっ、くぅ……」

 ハンナは涙を流して、小さく体を震わせた。
 今は、誰も声をかけられない。

 それでも、一人にすることはない。
 一緒にいることはできる。



――――――――――



 結局、ハンナはそのまま解放することになった。

 彼女のやったことは許されないことだ。
 でも、特筆するほどの被害も出ていない。
 俺達以外、誰も気づいていない。

 なら、黙っておこう、という話になったのだ。

 ハンナは驚いていて。
 アラム姉さんやアリーシャは、それでいいの? という顔をしていたけど。

 それでいいと思う。

 彼女は、まだやり直すことができる。
 だから、その応援をしたい。

 最終的にはみんなも納得してくれて、なにもなかったことにした。

 これで事件は解決。
 ……したかのように見えたけど。

「ハンナが魔王の影響を受けていたのか? 受けていたとしたら、どのタイミングで? そこだけが気になるんだよな」

 控え室で一人になった後、唯一残った疑問を考える。
 しかし、答えは出てこない。
 霧の中を進んでいるみたいで、出口にたどり着くことができない。

「……わりと、近いところに魔王はいるのかもしれないな」