いつもの穏やかな笑みは消えて。
 魔法大会の時に見せた、明るい実況も消えて。

 冷ややかで。
 刃物のように鋭くて。

 そして、悪意に満ちた表情を浮かべていた。

「どうしてこんなことを?」
「それを聞いてどうするつもり? なにか事情があるとしたら、見逃してくれるのかしら。それとも、協力してくれる?」
「そういうわけにはいかないな」

 今まで設置されていた魔法陣は、学院内の人間から少しずつ魔力を吸収するもの。
 その副作用で地震が起きる、というものだった。

 でも、今回は違う。
 魔力を根こそぎ奪い尽くして。
 そして、巨大な地震が発生する。

 絶対に発動させるわけにはいかない。
 ハンナの行動を認めるわけにはいかない。

「魔法陣と魔法陣を繋いで、さらに巨大な魔法陣を形成する……そんなものを起動したら、どれだけの被害が出るか。それがわからないわけじゃないだろう? 見逃すわけにはいかないよ」
「どうして? 別にいいじゃない。被害が出たとしても、あなたには関係ない人よ。学院の人、全員と友達っていうわけじゃないでしょう? 外からやってくる人と知り合いっていうわけじゃないでしょう?」
「お前……」
「知らない人がどうなろうが、どうでもいいじゃない」
「それ……本気で言っているのか?」
「もちろん」

 即答するハンナに以前の面影はない。
 冷たく、暗く、鋭利で……
 優しさは欠片も残っていない。

 あれは演技だったのか?
 あの笑顔は偽物だったのか?

 拳をぐっと握る。

「私は、これで力を得るの」
「力?」
「今までは、魔法陣を正しく起動させるための実験。そして、今回が本番。大量の魔力を吸い上げて、それを自分のものにする……ふふ、とても素敵だと思わない? 生徒と外からやってくる人の魔力を全部私のものにすれば、さらに強く、強く……圧倒的な存在になれるわ」
「それが目的か……」

 俺は苦い顔になる。
 というのも、ちょっとだけハンナの気持ちがわかってしまったのだ。

 力が欲しい。
 強くなりたい。

 かつての俺は、それだけを考えてきた。
 強くなることだけを目標に。
 最強を証明することだけを考えて生きてきた。

 でも。

「そんな人生、つまらないぞ」

 新しい生で色々な人と出会い、色々な事が起きて。
 もっと大事なことがあることに気づいた。

 気づくことができた。

「……あなたも私を否定するの?」

 俺なりに説得を試みたつもりだったが、どうやら失敗したみたいだ。
 ハンナは憎しみさえ感じる目でこちらを睨みつける。

「あいつらのように、あなたも私を……力がない、力がないって、悔しそうに呆れたように何度も何度も何度も……!」
「ハンナ?」
「私がなにをしたっていうの? 私は努力をしたわ! 精一杯の努力を! それなのに、連中は私を認めない。それどころか、いつも下に見て、ため息ばかりで……お父様もお母様も……!」

 説得の失敗どころか……
 もしかして、触れてはいけない部分に触れてしまった?

 まいった。
 こういうのは本当に苦手だ。

「ただ……しっかりと、責任を取らないとな」

 一緒にいて、でも、ハンナの心の闇に気づくことができなかった。

 もしかしたら、彼女は助けを求めていたかもしれない。
 それを気づくことができず、流してしまった。

 俺の責任だ。

 だから……

「ハンナ、キミを止める」
「そんなことできないわ。そう、今、魔法陣を起動してもいいのだから!」
「それは無理だ」
「え」

 万が一にも魔法陣を起動させるわけにはいかない。
 だから、前もって細工をさせてもらった。

 それに気づいたのだろう。
 ハンナが顔をひきつらせる。

「これは……魔法陣がわずかに傷つけられている!?」
「単純だけど、これ以上ないほど的確に発動を阻害できる。小さい傷だから、よく見ないとわからない。まあ、修復も簡単だけど……でも、10分くらいはかかる。その間、俺が見逃すと思うか?」
「あなたっていう人は……!」
「さあ……あとは、実際にやりあおうか」