「ふぅ」

 控え室に戻り、そこで教師や医師の診察を受けた。

 怪我をしていないか?
 無理をしていないか?
 一試合毎にチェックが入るのだ。

 もちろん、俺は問題なし。
 次の試合に進むことができた。

「次は誰かな?」

 初戦はいきなり身内だった。
 アリーシャは強いから戦い甲斐はあるのだけど、やっぱり、身内で潰し合うのは微妙な気持ちになってしまう。

 あと、せっかくなら見知らぬ強敵と戦いたい。
 まったく予想外の戦術を使ってくる相手とかがいい。
 身内だと、ある程度は手の内は知っているからな。

「はい?」

 ふと、控え室の扉がノックされた。

 先生が連絡事項を伝え忘れたのかな?
 そんなことを思っていたら、入ってきたのはハンナだった。

「一回戦突破、おめでとう。試合、こっそり応援していましたよ」
「ありがとう」

 予想外の来客に驚きつつ、祝福を素直に受け取り、嬉しく思う。

「解説はいいの?」
「ずっとやるわけじゃなくて、交代でやっているんです。今、私は休憩なので」
「そっか」
「それで……試合を終えたばかりですみませんなんですけど、ちょっと相談したいことが」
「……例の事件について?」
「はい」

 勝利の余韻は一瞬で吹き飛んで、気が引き締まる。

「さきほど妙な気配を感じて……今は使われていない教室を調べたら、地震を引き起こす魔法陣が設置されていました」
「そんな……本当に?」
「はい。幸い、私の手でなんとか止めることはできたんですけど……」

 それは本当に助かる話だ。
 大会の最中に地震が起きていたら、程度にもよるけど混乱が起きてしまう。
 下手をしたら、その混乱で怪我人が出る。

「先生に報告はしておきました。現場はしばらく残すそうなので、一応、時間のある時にレン君にも見てもらいたいです」
「……急ぎ?」
「たぶん、大丈夫です。魔法陣の効力は完全に失われているので」
「うん。なら、今日の試合が終わった後に確認しておくよ」
「お願いします」

 ハンナがぺこりと頭を下げた。
 律儀で丁寧な子だ。

「私が見ても、魔法陣がどういうものなのか、どんな目的で設置されているのか、さっぱりわからなくて……でも、レン君ならもしかして、と」
「俺のこと、ずいぶん買ってくれているんだな」
「男なのに、とか、そんなことは思いませんよ。レン君は、そんな偏見を吹き飛ばすくらいの活躍をしているじゃないですか」

 そう言われてみるとそうかもしれない。

 とはいえ、俺は特に意識していないんだよな。
 降りかかる火の粉を払っているだけだ。
 その対象が俺だけじゃなくて、身内も含まれている、というだけの話。

 前世の俺なら、わざわざ学院を守ろうとは思わなかっただろうけど……
 なんだろうな。
 不思議だ。
 今は、絶対に守らないと、っていう気持ちになっている。

 どうしてこんな変化が起きたんだろう?

「それともう一つ」

 ハンナが気まずそうな顔をして言う。

「その……魔法陣が設置されていた教室の近くで、やはりメルさんを見かけまして……」
「間違いない?」
「遠目だったので、たぶん、っていう曖昧な答えになってしまいますけど……」
「ふむ」

 決定的な証拠はない。
 ただ、ここまで状況証拠が揃うと、メルが途端に怪しくなってしまう。

 事件の犯人なのか?

 それはわからないけど、それなりに関わっていることはもう間違いないだろう。
 その目的を確認したいけど……

「あいつはあいつで秘密主義なんだよな」

 一見すると気さくで明るく、秘密なんて抱えていないように見える。
 でも、心に壁を感じた。
 ある一線以上は決して踏み込ませない。
 自身が抱える感情も考えも表に出すことはない。

 ほんと、なにを考えているのやら。

「とりあえず、そのことを伝えておかないと、って思いまして……」
「うん、ありがとう。知らないと知っているじゃあ今後の対応が変わってくるから、すごく助かるよ」
「ちょっとでも力になれたなら嬉しいです。がんばって、今回の事件を突き止めて、一緒に解決しましょう」
「……ああ」

 改めて決意をして、ハンナと握手をした。

「っと……私、そろそろ戻らないと」
「俺は、もうすぐ次の試合だな」
「事件のこともそうですけど、試合もがんばってくださいね。私、応援しています。あ、そうだ」

 ハンナはポケットからお守りを取り出した。

「これ、どうぞ」
「いいの?」
「はい。効果があるかどうか、わからないですけど……」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」

 ハンナはにっこりと笑い、控え室を後にした。

 一人になり、静かになった空間で考える。

「メルは……敵なのか? それとも……」