「エリゼっ、俺の後ろに!」
「え? で、でも……」
「あれは行き倒れなんかじゃない、魔物だ!」

 リッチ。
 不死者の王と呼ばれている、非常に厄介な魔物だ。
 いくつもの強力な魔法を操り、村の一つや二つ、簡単に壊滅させるだけの力を持っている。

 前世の俺なら敵ではないのだけど……
 今の俺だとまずい。
 まだ前世に匹敵するほどの力を得ていないため、倒せるかどうか……わりとギリギリのところだ。

「先手必勝だ!」

 どうして、リッチがこんなところで寝ているのか?
 それはわからないが、ヤツが起き上がる前に勝負を決める!

 俺は、魔力を手の平に収束させて……

 キュルルルッ。

 この場にそぐわない、妙に間の抜けた音が響いた。

「は?」
「う、うぅ……」

 リッチがもぞもぞと動いて、

「は、腹が減った……」

 とんでもなく間の抜けた台詞を口にした。

 もしかして、今のは腹が鳴る音……なのか?
 骨だけなのに、どこから音が出ているのだろう?
 ついつい、そんなどうでもいいことを考えてしまう。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「エリゼ、危ないから俺の後ろに……」
「あのガイコツさん、なんだか、かわいそうですよ」

 そんなことを言われても……どうしろと?

「うぅ……なにやらおいしそうな魔力の匂いが……」

 リッチがこちらに気がついて、顔を上げた。

「そこの子供達……すまないが、魔力を分けてくれないか? ほんの少しでいいのだ……もう何日も魔力を補給しておらず、空っぽなのだ……」
「魔物相手にそんなことをするわけないだろう」
「そ、そこをなんとか……このままでは、わしは消えてしまう……」
「お兄ちゃん……ガイコツさんが、かわいそうです」
「でも、相手は魔物だぞ?」
「それでも……やっぱり、かわいそうです」
「あー……はぁ。わかったよ」

 エリゼにお願いをされると、なぜかわからないが、断りづらい。
 俺はため息をこぼす。

「エリゼは俺の後ろに。絶対に離れないように」
「わかりました!」
「それじゃあ……」

 エリゼをかばいつつ、不意打ちを受けても対応できるように、警戒度を最大まで引き上げた。
 少しずつリッチに近づいていく。

「じっとしていろよ?」
「わかっておる……」
「ん」

 手の平をリッチにかざして、魔力を放出した。

「お、おぉ……」

 リッチの体が淡く輝いて、その顔に生気が戻り……すでに死んでいるはずなのにおかしな言葉になるが……元気になる。

「驚いたぞ……お主、男なのに魔法を使えるのか?」
「ああ、使える」
「なんと。長い間生きていると、予想外のことに巡り合うものだ」

 お前、死んでいるだろ。

「ふう……なにはともあれ、助かったぞ、少年よ。お主のおかげで、なんとか生きながらえることができた」
「妹に頼まれたからだ。でなければ、魔物なんて助けない」
「ふふふ、わかるぞ。お主、ツンデレというヤツだな?」

 したり顔のリッチに、ムカッとくる。
 殴ってやろうか?

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ガイコツさんは元気になりましたか?」
「ばっ……エリゼ、こっちに来るな! 危ないっ」

 リッチに近づこうとしたエリゼを慌てて背中にかばう。
 それを見たリッチが、不満そうに言う。

「おいおい、わしをなんだと思っているんだ? わしは確かに魔物だけど、恩人やその妹を襲うようなことはしないぞ?」
「怪しいな。どこまで信じられるものか」
「そもそも、わしは人を襲ったことはない。こんな体になったのは研究の結果で、元は人間だったのだ。最初から魔物だったわけではない」
「本当なのか……?」
「本当だとも。わしは、とある目的のために魔法の研究をしていてな。生前は、色々と研鑽を積み重ねてきたものだ。しかし、人に与えられた時間はあまりに短い……そこで、この体を不死者としたのだ。全ては研究を続けるために」
「あんた、女だったのか」
「ピチピチのギャルじゃぞ」

 見た目がガイコツで、こんな喋り方だからさっぱりわからん。

「その目的っていうのは?」
「うむ。それは……」

 ガイコツがなにか言おうとした時、ピィー! という鳴き声が響く。

 尾の長い青い鳥が降りてくると、ガイコツの頭に止まる。

「この鳥は……?」
「これ。今は大事な話の途中だ、邪魔をするでない」
「ピーッ!」

 そんなこと知らないとばかりに、鳥は羽を広げて鳴いてみせた。

 その姿は間抜けで……
 こんなヤツに警戒する必要はあるのか? と考えて……

「ま、いいか」

 警戒するのを止めた。
 魔物ではあるが、悪いヤツではないだろう。

「ガイコツさんの目的って、なんですか?」

 エリゼが俺の後ろから出て、そう尋ねた。
 一応、近づきすぎないように注意しておく。

「わしは動物が好きでな。世界を巡り、色々な動物の保護をしているのだ」
「動物さんの保護に、魔法の勉強が必要なんですか?」
「うむ。わしは主に、魔物に襲われている動物を助けているのだよ。魔物を追い払う、倒すのには力が必要だろう? そして、傷ついた動物を癒やすのにも魔法が必要だ。故に、魔法の研究をしていたのだよ」
「なるほどー。そこまでするなんて、本当に動物さんが好きなんですね」
「うむ、うむ! そうなのだ、わしは動物が大好きなのだよ!!!」

 ものすごい勢いで食いついてきた。

「なんといっても、まずは犬だな! 賢く凛々しく、そして主人に忠実。それでいて愛嬌があるという無敵っぷり! 対極に位置する猫も素晴らしい。気まぐれでツンデレっぽいところはあるが、それを補って有り余る可愛らしさ! その仕草一つ一つにメロメロだ! 他にも……」

 ガイコツはとてもうれしそうに動物の魅力を語る。
 俺は適当に聞き流していたが、同士のエリゼは目をキラキラさせていた。

「ガイコツさんは、どこから来たんですか?」
「あちこちを旅しているから、故郷というものはないな。旅を始めて、かれこれ数百年になるだろうか」

 ……なんだって?

「わぁ、長いんですね。一人で寂しくないんですか?」
「うむ……」

 エリゼのそんな問いかけに、ガイコツは寂しそうな顔をした……ような気がした。
 顔が骨なので、表情の判断がつかない。

「一人は寂しいな。生前はそのようなことは思わなかったが……このような身になって、本当の独り身となり、寂しさを痛感したよ」
「ガイコツさん、かわいそうです……」
「まあ、動物が寂しさを癒やしてくれるから、気にすることはない。それと、そのガイコツというのはやめてくれないか? わしには、エルという名前があるのだよ」
「わかりました、エルさん! 私はエリゼっていいます」
「うむ。よろしくな、エリゼ嬢」

 もう名前で呼び合う仲になっていた。
 妹のコミュ力半端ない。

「俺はレンだ。わかっているかもしれないが、エリゼの兄だ」

 エリゼが自己紹介をしたので、俺も自分の名前を告げておいた。

「ふむ、レン坊か」
「坊はやめてくれ。呼び捨ての方がいい」
「わかったぞ、レンよ」

 リッチ改め、エルが手を差し出してきたので、握手に応じた。

「助けてくれてありがとう。ぜひ、礼をしたいのだが……うーむ」
「どうした?」
「あいにく、人間の金は持っていなくてな。このような体だから、街に寄ることもないし大したものも持っていない。さて、どうしたものか」
「別に礼なんていらないって。エリゼに言われたから助けただけだし」
「それでも、恩を受けた以上、しっかりと返さなくては。貸し借りはしっかりとしないといけないのだぞ?」

 意外と律儀なガイコツだった。

「うーむ、うーむ……なにをすればいいものか? わしが持っているものといえば、魔法の知識くらいしかないが」

 その言葉に、俺はピクリと反応した。

「そういえば、魔法の研究をしているとか言ってたな。それは、どんなものなんだ?」
「色々な研究をしているが……そうだな。最近は、闇属性の魔法の研究をしているぞ」
「闇属性!」

 魔法は六つの属性に分かれている。
 『火』『水』『土』『風』『光』『闇』……だ。

 これらの属性のうち、才能にもよるが、人が使える魔法は闇属性を除いた五つだ。
 闇属性の魔法は魔物専用と言われていて、人間が扱うことはできない。

 しかし、俺の考えは違う。
 人間でも、闇属性の魔法も扱うことはできるはず。
 ただ、そのためのトリガーが見つからず、使えないと思われているだけ……そう考えていた。

 前世でも闇属性の魔法の研究は進めていたものの……
 結局、習得できなかった。

「恩を返したいっていうのなら、俺に闇属性の魔法を教えてくれないか!?」
「む? なんだ、レンは闇属性の魔法に興味があるのか?」
「ものすごくある!」

 新しい属性の魔法を習得すれば、さらに強くなれるはずだ。

「それとも、人間には習得できないものなのか?」
「いや、そんなことはないぞ。リッチになったからこそわかったのだが……闇属性の魔法は、普通の人間でも習得することができる。ただ、ちと面倒なだけだ」
「なら、それを教えてくれないか?」
「ふむ。習得にはそれなりの才能を必要とするが……まあ、教えろと言うのならば教えよう。しかし、習得できなかったとしても、わしを恨まないでくれよ?」
「必ず習得してみせるよ」
「うむ、その意気やよし。今日から、レンはわしの弟子だ!」

 こうして、俺は成り行きでリッチに弟子入りすることになった。

「むー……お兄ちゃんだけずるいです。私も魔法を習いたいです」

 仲間はずれにされたと思ったらしく、エリゼが頬を膨らませた。

「では、エリゼ嬢も魔法を習うかね?」
「習いたいです! お兄ちゃんと一緒がいいです!」
「おい、エリゼ。あまり無理を言って、師匠を困らせるな」
「だってだって、私もお兄ちゃんと一緒に魔法を習いたいです……」

 上目遣いに俺を見るエリゼ。
 そんな顔をされたら、反対できないじゃないか。

「わしは構わないぞ。一人も二人も、教えるのに大差はないからな」
「まあ、師匠がそういうのなら」
「やった……えへへ、おねがいします」

 エリゼも一緒に弟子入りすることになり……
 リッチの師匠による魔法修行が始まるのだった。