「氷紋爆<ダイヤモンドダスト>!」

 魔法によって、星の数ほどの氷の刃が生み出された。
 それらは渦を巻くように回転して、全てを切り刻む嵐と化す。

 その対象は、漆黒の巨人だ。

 見上げるほどに高く、山のように大きい。
 見た目通りの豪腕を持つだけではなくて、尋常ではない魔力も持っている。

 どこからともなく現れて、人間を滅ぼそうとする破壊の化身。
 血も涙もない悪魔。

 巨人は……魔王と呼ばれていた。

「オォオオオオオッ!!!」

 魔王は獣のように吠えて、俺の魔法に対抗するため、巨大な炎弾を生み出した。

 それ一つで、小さな国なら滅んでしまうだろう。
 それほどの威力を秘めておきながら、魔王にとっては大した力を込めていない。 
 ただの牽制の一撃に過ぎない。

 俺は今、そんな力を持つ相手と戦っている。
 命を賭けて戦っている。

 ゾクリと震えた。

 恐怖じゃない。
 歓喜だ。

 人類存亡の危機?
 魔王を倒さないと未来がない?

 そんなことはどうでもいい。
 まったく興味がない。

 俺が興味があることは……

「世界最強、最凶と呼ばれている魔王よ! どちらが真の強者か、決着をつけようぞ!!!」

 どちらが強いか。
 ただ、それだけだ。



――――――――――



「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 戦闘は一週間続いた。
 食事は元より、一分も寝ていない。
 それでも妙に頭は冴えていて、魔力も尽きておらず、まだまだ戦うことができる。

 魔王討伐のため、たくさんの騎士が同行していたのだけど……
 彼らの姿は見当たらない。
 戦いについていくことができず、早々に退避したのだろう。

 まあ、どうでもいい。
 味方……というか、味方なんて思っていない。
 最初から、俺は魔王と一対一で戦っているつもりだ。

「いい加減に、決着をつけようか……!」
「グゥゥゥ……」

 俺は、百年近くを生きて……
 世界最強の賢者と呼ばれているものの……

 それでも、こんな無茶な戦いをすれば、さすがに限界が近い。
 ちょっとでも気を抜けば倒れてしまいそうだ。

 でも、それは魔王も同じのはず。
 ヤツが放っていた圧倒的なプレッシャーは薄れ、存在感も弱くなっていた。

 もう少しで魔王を倒すことができる。
 そして、俺が真の強者だと証明することができる。

 そう思っていたのだけど……

「なんだ……!?」

 突然、魔王の足元に魔法陣が浮かぶ。
 それはヤツの巨体を包み込むように拡大して、強烈な光を放つ。

 見たことのない術式……いや。
 どこかで見たことがある。
 あれは転生魔法の術式だ。

 どうして、こんな時に転生魔法を……いや、まさか!?

「すでに、この場は結界で覆い、転移魔法などを使って逃げることはできない。でも、未来に転生する、という方法でなら逃げることは可能……? そういうことなのか!?」

 冗談じゃない、逃げられてたまるか。
 ここで魔王を倒すことで、俺は、真の強者になってみせるんだ!

 魔王にトドメを刺すため、急いで魔力を練り上げて、最大規模の魔法を放とうとするものの……
 しかし、それは一歩遅い。

 魔法の魔法が発動した。
 今まで以上の光があふれ、その巨体を包み込んでいく。
 世界が白に染まり、とてもじゃないけれど目を開けておくことができない。

「くっ……!」

 ひときわ強い輝き。
 そして……

「……逃げられた?」

 目を開けた時には魔王は消えていた。

「……」

 しばらくの間、俺は呆然として……

「くそっ!」

 ややあって我に返り、地面を拳で叩いた。

 逃げられた。
 魔王を倒すことで、俺が最強であることを証明したかったというのに……
 それなのに、あと一歩のところで逃げられた。

 ふざけるな。
 ふざけるな。
 ふざけるな。

 今まで強くなるためだけに生きてきた。
 己の力を証明するためだけに駆け抜けてきた。

 それらの集大成として魔王を討伐しようとしたというのに……
 それなのに、こんな結末を迎えてしまうなんて。

「くっ……!」

 自分の手を見る。
 しわにまみれた手。
 九十を超えているから当たり前だ。

 魔法のおかげで、問題なく動くことはできるけれど……
 魔法がなければ寝たきり状態になるか、そもそも、老衰で死んでいるだろう。

 こんな状態になるまで、ずっとがんばってきたというのに……
 最強を目指してきたというのに……
 こんな幕切れなのか?

「……いや、そんなことは認めない」

 認めてたまるものか。

 魔王は未来に転生した。
 なら、俺も未来に転生すればいい。
 そして、今度こそ決着をつける。

 人類の存続のためとか。
 この星の未来のためとか。

 そんなことはどうでもいい。
 俺は、俺の力を証明したいのだ。
 力こそ、俺が生きていることの証なのだから。

「待っていろよ、魔王。今すぐに追いついて、今度こそ決着をつけてやるからな!」

 そして……
 俺は魔法を使い、未来へ転生した。