翌朝。
 本来なら、ソフィアの魔術で示されたルートで行く予定だったが、シオンとレオナルドがルートとは外れた田舎の村に寄りたいと提案した。
「今になって、なぜですか?」
 と、尋ねたくなるソフィアの気持ちもよくわかる。しかし、どう伝えたらいいのかと、レオナルドは即答する事ができなかった。
 それなのにシオンがなんのためらいもなく口を開いてしまった。
「昨日行ったクラブのおねーちゃんが言ってたんだよ。ここだけの話だけどって」
「クラブで、ですか?」
「そうそう、その村では箝口令がしかれているんけど、旅人でたまたまその村を寄ってきたお客さんが酔った勢いで言っちゃったんだって。なんでも、マーシャ王女様が誘拐された日に、中年のオヤジが女の子を抱いて村の傍にある森の中に入って行ったって」
「その女の子がマーシャ王女様だという確証はあるのですか?」
「ないよ。でもドレス姿だったし、誘拐された日と同じだったし、あの女の子はマーシャ王女様に違いないだろうって」
「なるほど……」
「この話には続きがあってね、すぐさま女の子を助けに村の若い男性どもが助けに追ったんだけど、直後に森から大量の泥水が湧き出してきて、村中がかつてないほどの大洪水になりそうで大変だったんだって」
 頷きながら真剣に聞いていたソフィアに、シオンは「それでね」と前置きして、
「泥水と一緒に、森に入った男性全員が流れてきたんだって。村の医者の話によると、なにものかに襲われたかして身体中が傷だらけで意識はなく瀕死状態だったらしいよ。それを聞いた村長が、誘拐された女の子には気の毒だが、あの森にはなにか悪い気配がする。次は水害で死者が出るかもしれない、女の子を見た事も、森に入る事も、これらの事を話すのも全て村民に禁じたらしいよ。森に向かってその祈祷をしたとたん、泥水がサーっと土の中に引きだしたとか。そして、意識がなかった男性どもも意識をとりもどしたり、それまで洪水になった事が信じられないくらい元通りになったんだって」
 シオンの話を聞きながら、ソフィアは「そんな話はウソでしょう」と思っていた。
 クラブの女性の話とか、旅人だとか胡散臭い、と。
 それに、ソフィアの魔術では行き先にも、途中にもその村は無い、と告げていた。