敵艦から脱出した俺は、古城に向かった。
向かうと言っても、ただ落下していくだけだ。
「そろそろか……」
飛び降りる前に、空を見上げる。
「来たか」
この敵艦よりも遥か上空から、もの凄いスピードで突っ込んでくる海呪城が見えた。
ミノ……あとは、頼んだぜ。
地上に着くと、深い森を抜け、更に泥沼を飛び越えた。
門の前には、さっき俺が敵艦に向かって投げた槍が、地面に刺さっていた。
地面から、槍を抜くと背後から声がした。
「黒王、もう着いておったか」
婦子羅姫が、ダチョウのような不細工な顔をした大きな鳥に乗って来た。
「ああ」
彼女の顔を見て安堵した俺は、鉄仮面を脱いだ。
俺たちは、大きな門の前に立ち、門とにらめっこをした。
「なあ、これ、どうやって開けるんだ」
婦子羅姫は、難しい顔をしていた。
「わからぬ……。とりあえず、押してみるか」
「う~ん」と言って、巨大な門を手で押す。
彼女の細い腕が微かに強張る。
普段、力仕事などしないはずだ。
そんな健気な姿を見て、愛らしく思えた。
「なにを、ボーッと見ておる? そなたも手伝わぬか」
「あ、ああ。わりぃ……」
俺が門に軽く触れると、門の中央に紋章が浮んだ。
「なんだこりゃ……」
「これは……多分、そなたと共鳴しておる」
「共鳴?」
「うむ、元々、この城は魔王の所有物じゃ。主が帰ってきたと、認識したのじゃろう」
「ふ~ん……」
門がひとりでに、開き始めた。
「入るか」
「うむ」
俺と婦子羅姫は、城の中へと入っていった。
「きたねぇな……」
城の中は、凄まじかった。
壁の所々に、皹が入っていたし、ネズミはうじゃうじゃ現れる。
それに、腐ったような悪臭が漂っている。死体だ……。
普通の人間が、この場に十分もいりゃ、吐くだろう。
婦子羅姫も、服の袖で鼻を押さえている。
「すごいのう……」
「足元に気をつけろよ」
改めて城の中を、見渡す。
中は塔のように、螺旋階段が上に長く続いている。
やっぱり、登らないとダメなのか……。
「姫、どうする?」
「決まっておろう」
「でも、あんたの体力じゃ、無理だよ」
俺がそう言うと、婦子羅姫は頬を膨らませた。
「バ、バカにするな! 妾はこれでも、日本妖怪の長じゃ。これぐらい、どうということはない!」
そう言って、婦子羅姫は螺旋階段を登っていく。
俺はその後ろ姿を見て笑みを浮かべると、後に続いた。
しばらく、登っていくと……。
案の定、婦子羅姫はぜいぜいと息を荒らしていた。足もフラフラしている。
このままじゃ、足を崩して、下に落ちてしまう。
俺は彼女を呼び止めた。
「だ、大丈夫じゃ、黒王。わ、妾はまだ大丈夫じゃ……」
俺は笑って、彼女に背を向け、腰を落とした。
「な、なんじゃ?」
「乗れよ」
彼女は顔を紅潮させた。
「何を言っておる。妾は子供ではない」
俺はため息をついて、振り返った。
「そうかい……。んじゃ、大人として扱うよ」
わざと、彼女の足を軽く蹴って、転ばせた。
「な、なにをする!」
俺は彼女の腕と膝の下に手を入れて、持ち上げた。
彼女を抱きかかえたまま、階段を登り出す。
「や、やめぬか! 恥ずかしい!」
俺は鼻で笑った。
「恥ずかしいって、誰も見てないぜ」
「妾が恥ずかしいのじゃ! 下ろせ!」
婦子羅姫は俺の胸をポカポカと叩いたが、俺は気にせず、登り続けた。
「ほら、ご到着だぜ」
婦子羅姫を床に下ろした。
彼女は、顔を赤くして言った。
「も、もう、あんなことはするなよ」
「はいはい」
最上階には、大きな壁画と、教会にあるような大きな蓄音機があった。
蓄音機からはいくつものパイプが天井につながっている。
「な、なんだありゃ……」
俺は思わず、息を呑んだ。
婦子羅姫は壁画に書いてある文字をなぞるように、読んでいった。
この城、我のものなり。
この蓄音機、我のものなり。
この力、我のものなり。
その力、マザーを手に入れることにあり。
その力、我の命と共にあり。
我、死す時、共に滅す。
我、求めん時、その姿、現れん。
我、魔王なり。
壁画を読み終えた婦子羅姫の顔は、なぜか、寂しそうだった。