ぴーひゃららら! どんどんどん! 

『戦場に涙は無意味ですよ。お嬢様』

 振り返るとピエロが宙に浮んで、腕を組んでいた。

「ピ、ピエロさん!」
 驚く私を無視して、ピエロは首を横に振る。

「ふう……日本の妖怪どもに弱音を吐いては、‟お父上”に申し訳がたちませんよ、お嬢様」
「だ、だって……」
「だって、ではありません。もう少し、ご自分というものを自覚していただかねば……」
 ため息をついて、やれやれと肩をすくめる。

「そんなことより助けてよ! 早くハークさん達を助けてよ!」
 ピエロが空から地面に降りた。
 目を細めて、必死に戦うハーク達を悠々と眺めている。

「そうですね……。畏まりました、お嬢様……」
 ピエロは腕を空にむかって、指を鳴らした。
 すると、空からコンペイトウのような形をした刺々しい氷塊が、雨のように降ってきた。

 氷の雨は妖怪達の頭を狙って、次々に落ちてくる。
 彼らは逃げる間もなく、倒れていく。
 無残にも、頭部は潰れてしまった。

 止まる事を知らずに、降り続ける。
 無差別攻撃といえた。

 氷塊は妖怪達だけでなく、ハーク達にも落ちてきたのだ。
 やっと、立ち上がろうとしていたハークに、氷塊が二つ落ちてきた。

「グオオオオ!」

 ハークの悲痛な叫び声が響いた。
 それを見ていた敵のミノも絶句した。

「なんたる攻撃だ……これは戦いではない。虐殺だ!」
 そう言ったミノの脳天に、氷塊が刺さった。

「ひ、姫……黒王様……」

 目を上に向けて、地に倒れる。
 敵とはいえ、あまりにも酷い……。

 私はピエロに怒鳴った。

「ちょ、ちょっと! 酷いよ、あんなの! もう、いいじゃない、やめてよ!」
 私がピエロの体をポカポカと、叩いた。
 叩きながら、彼の顔を見上げる。
 その目には、どす黒い闇があった。

「何を言ってらっしゃるのか、よく分かりませんね。私はあなたに言われた事をしただけです。それに、五大魔神のハークが、ここで死ねば、一石二鳥というもの……。ちょうど、いいじゃありませんか」
 ピエロはマスクを被っていたが、マスクの上からでも、彼の不気味な笑顔が感じ取れた。

「そ、そんなの、卑怯よ!」
「これはお父上のお望みでもあるのですよ。言ったでしょう。自覚なさいと」
 瞳の中はブラックホールのような、計り知れない闇だった。
 私は悪寒を感じて、思わず、後退りをした。

「い、嫌よ……絶対に嫌だよ。私、そんなの絶対に許さないから!」

 私は降り続ける氷塊を避けながら、ハークのもとへ走った。
 腹部と前足から、大量の血を流していた。

「グルルルル……」
 ハークは力尽き、瞼が閉じかかっている。

「ダ、ダメ! ハークさん、死んじゃダメ!」
 私は彼の大きな尻尾を引っぱったけど、びくともせず、しりもちをついた。

「と、止まったらダメ、真帆。私は走るんだから!」
 そう自分に言い聞かせながら、必死にハークの体を引っ張る。
 その時、大きな氷塊が、私に向かって降ってきた。
 もうダメかと思った。
 私は覚悟して、目をつぶった。

「あれ……」
 感じない。痛みも、何も感じない……。

 目を開けると、ペータンがいた。
「ペータン!」
 ペータンが私をかばってくれたのだ。
 その小さな体で、巨大な氷塊を受け止めていた。
 小さな体には氷塊の棘が刺さっていた。大きな棘は腹部から背中を突き抜けている。
 私は思わず、ペータンに駆け寄る。
 泣きながら、棘を抜いてあげた。

「ペ、ペータン、どうして……どうして……」
 彼の体は既に体温を失いつつある。
 声を震わせながら、言った。

「だ、だから言ってるじゃんか……ボクはハーク様の忠実な部下だよ。その命令は絶対、守るんだ……だから、お姉ちゃんを守った……でも、理由はそれだけじゃいんだ。ボク……ボク、お姉ちゃんが……」
 言い掛けて、力尽きた。

「ペータン!」
 私は必死に、ペータンの体を揺さぶった。でも、ペータンは目を覚まさない。

「起きて! 起きてよ! ペータン……笑ってよ……いつもみたいに笑ってよ!」
 私は空に向かって、泣き叫んだ。

「いやぁ! こんなの、いやぁ!」
 
 耳元で、プツンと、何かが切れる音がした。