黒歴史小説 トリプルエッジ


 静かだった森に、邪気が広まる。

「な、なんだ。この感じ」
 僕は身を起こして、空を見上げた。
 気がつけば、北の空から、黒い雲が近づいていた。

「青山、気づいたか」
 ドラムも、何かに感づいたようだ。
 森の動物や獣達の様子がおかしい。
 何かにおびえている感じがする。

「こ、これは……」
 ずっと前に、この嫌な感覚を味わったことがある。
 これは一年前の……。

「ドラム!」
「どうした?」
「この森には何がある?」
「……なんのことだ?」
「この森の奥に、なにか、恐ろしいような、禍々しいものを感じる……」
「なに……。よし、行ってみるか」

 僕とドラムは森を駆けていく。
 奥に進むごとに、邪気が強くなる。

 なんだ……なんなんだ、一体、この感じは……。
 胸騒ぎがする。

「青山! 止まれ!」
 突如、ドラムが手を挙げた。
「ど、どうしたんだ?」
 ドラムが目を細めて、辺りを見渡す。

「来るぞ……」
 ドラムの予感は当たった。
 ものすごい数の化け物達が、一斉に襲い掛かってきた。

 僕とドラムは互いの背を合わせて構えた。

「いくぞ、青山」
「ああ」

 あいにくだが、ドラムとの戦いで符などの武具を全て使いきってしまった。
 身体から発する術もいくつか、あるが、危険を伴うものが多い……。
 残るは己の体のみ。気術と武術だけだ。

 一匹の化け物が僕に飛び掛かる。
 拳をつくり、光らせた。
 この光りは、気術の一つだ。
 全身の気の流れをコントロールし、一点に集中させることによって生じる。
 その光りは、鋼にも勝る硬さと力を備えている。
 卓越した気術の達人ともなれば、全身を光らせる事も可能だと聞く。

「うおおおお!」
 拳を化け物の顔面に直撃させた。骨が砕ける音がする。

 休むも暇ななく、次は五匹も襲い掛かってきた。
 今度は気を右脚に集中させる。

「ドラム、背中を借りるぞ!」
 言われて、彼はキョトンとしていた。
 僕はドラムの背中に左足を乗せて蹴り上げると、その反動で右足を伸ばし、空中で一回転した。

 五匹の化け物は僕の空中回し蹴りをくらって、呆気なく倒れた。
 ドラムは鼻で笑った。
「可笑しな戦い方だ」
 そう言うドラムは、武具がなくても術を仕えるので、難なく化け物達を退けていく。

「青山、この魔族達、なにか、おかしいぞ……」
 僕は戦いながら、叫んだ。
「どうして!」
「この森の生き物達と同様におびえている……」
「なんだって……」
 気がつけば、化け物達は全て倒れていた。

 僕は息を荒らして、ドラムに訊いた。
「この森全体が、何かにおびえているということか?」
「ああ……。確かに、この森の魔族は悪さばかりしていたが、ここまで凶暴な姿は見たことがない。この魔族達を操っているのは恐怖だ」
 森の奥からは未だに、邪気が強く感じられる。
 僕たちは先を急ぐ。

 その後も、何回か、先ほどと同じように化け物達が襲ってきた。
 いずれも、何かにおびえた目をしていた。

「ここか……」
 そこには、どす黒い水が溜まっている堀で囲まれた古城があった。
「ドラム、なんだ……この城は」
 横に目をやると、ドラムは額からたくさんの汗を流していた。
「そ、そんなバカな……なぜ、〝これ〟が、ここに……」
 ドラムは首を振って、後退りした。
 あの冷静沈着な彼をここまでおびえさせる、この古城の存在は一体、何だというのだ。

「ドラム、この城はなんなんだ」
 だが口をパクパクと動かしただけで、声を発していない。
「しっかりしろ!」
 僕がドラムの肩を揺さぶると、彼はハッとした顔で、答えた。
「こ、この城は……忘れもしない……その昔、マザー全土を滅亡までに及ぼした呪われた城……」
「呪われた城?」

 震える指先で口に手をあてる。
「そうだ……通称、〝悪魔の蓄音機〟」