俺はミノに押されて、嫌々、壇上に上がった。
目前には、五千を超える妖怪達が集まっている。
その場の空気に少し緊張していた。
「あ……え~、まあ、その……今日は……」
思うように、言葉が出ない。
すると、妖怪達から罵声があがった。
「聞こえねぇぞ! 元人間の大将さんよ!」
「そうだ、そうだ! それでも、魔王か!」
次々と、罵声があがる。
ミノがとめようとしたが、なかなか、やまない。
妖怪の長である婦子羅姫が俺を認めた。
とはいえ、俺が魔族を憎むように、コイツらもまた、人間を憎んでいるのだろう。
しばらく、黙って聞いていたが、とうとう、俺はキレた。
「う、うるせぇ! 黙って聞けぇ!」
興奮したせいか、「ぜいぜい」と言って、肩を震わせた。
「いいか、俺が言いたいのは一言だけだ!」
それまで騒いでいた妖怪達が沈黙した。
じっと、みな俺の方を見る。
五千以上もの妖怪の視線が充てられた。
俺は首を左右に動かせ、妖怪達の顔を見回してから、拳を掲げた。
「異国の化け物なんぞ、ぶっ飛ばせ!」
妖怪達から歓声があがった。
「やろうぜ! 大将!」
「よくぞ言ってくれたぜ!」
ミノがそばに近寄り、「お見事です」と言った。
俺の心は充実感で溢れていた。
妖怪達と、魔王である俺は、いま一つの目標のために繋がった。
「やっちまおうぜ! 黒王さんよ!」
「へっ、元人間にしちゃ、なかなかじゃねぇか!」
気づいた時は、俺も笑っていた。
「黒王様、ありがとうございました。これで、錆びついていた城内にも活気が戻りました」
「んなことねぇよ」
壇上から降りると、ミノに連れられ、格納庫に向かった。
そこには、動きやすい服に着替えた婦子羅姫がいた。
「終わったか」
俺は婦子羅姫の姿を直視できなくなっていた。
「どうした? 黒王」
婦子羅姫が下から顔を覗きこむ。
彼女の服装は動きやすくなったのと同時に、肌の露出が高いものになっている。
床にズルズルと引きずっていた装束とは違う。
色気づいた女忍者が着ているような、短い上着を羽織って、腰に帯を巻いているだけだ。
まるで、人間界のミニスカートみたいだ。
彼女のすらっとした白い脚が露になっている。
それに、胸元が深く開いたデザインなので、彼女が動く度に胸の谷間がチラチラ見える。
まったく、目のやり場に困る服装だ……。
「どうされました? 黒王様、お顔が優れませんぞ……。具合が悪うございますか?」
ミノが心配そうに、俺を見る。
「だ、大丈夫だって……」
「そうですか……。あ、忘れておりました。ご要望の物をお持ちしましたぞ」
ミノが差し出したのは、俺がさっき注文した黒い槍と鉄仮面だった。
「へえ、早かったな」
俺は槍を持って構えてみた。
「思ったより、軽いぜ」
「気に入られたようで……嬉しゅうございます。それから、よかったら、これもお使いくだされ」
ミノは俺の後ろに回ると、鎧に何かをつけた。
「ん? こりゃ……マントか?」
「はい、やはり、鎧にはマントが合うかと……」
「ありがとよ。気に入ったぜ……。じゃ、そろそろ行くか」
俺は鉄仮面を被った。
仮面を被った瞬間、視界が闇一色になった。
ただの鉄仮面なのに、被っただけで、気分が変わる。
全てが黒く見える。今まで、咎めていたことや、迷いなどが、全て消えていく。
まるで、心が黒く染まっていくような気がする……。
これで、敵を何の迷いなく、殺せる。
敵とはいえ、相手は生き物だ。殺していい気がするわけない……。
でも、この鉄仮面を被ったら、何とも思わない。
別に、ミノが鉄仮面に細工をしたわけではない。
俺の気持ちの問題だ。
「ん? どうした……。姫」
婦子羅姫がおびえた目で、俺を見ている。
「こ、黒王、そなたが仮面を被ると、人が変わったような気がする。とても、恐ろしい眼をしておる……」
「そっか、俺は魔族以上か……」
黒王か……まんまだな。
俺はやるせない思いで、叫んだ。
「よし、出るぞ!」