その城は深い海の底にあった。
ミノ曰く、城は人間達に見つからないように、常に移動し続けているらしい。
巨大な移動要塞と言ったところだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
とにかくアイツが消えた原因がその妖怪のボスならば、すぐにでもぶっ殺してやる。
「さあ、魔王様。我らが長、婦子羅姫がお待ちです」
城内に入った俺はミノの案内のもと、奥へと進んだ。
歩いていると、すれ違う妖怪達が俺を睨む。
俺はいつでも、戦う覚悟はあった。
だが、興奮する妖怪達をミノが抑えた。
「やめんか、お前達。この方は人間の姿をされているだけだ」
ミノが妖怪達にそう言い聞かせた。
「申し訳ありません、魔王様。ご無礼を……」
「いや、別に……」
妖怪なのに、ミノにかばってもらってなぜか嬉しかった。
ミノは大きな赤い扉の前で、足を止めた。
「弔辞六進坊、鮫嶽蛇偶衛門。ただいま、戻りました」
大きな扉は衛兵によって、開かれる。
そこは全てが赤い色で統一された部屋だった。
中に入ると、床も、柱も、椅子も、全てが赤い。
そして、中央には薄い幕で仕切られていた。
うっすらだが、幕からは一つの影が透き通って見える。
「よう戻ってきたな。爺」
ミノは床にひざまずいた。
「はい、魔王様をお連れしました」
「そうか、ご苦労じゃったな」
「ちっ」
俺はわざと聞こえるように舌打ちをする。
客が来たというのに、顔も見せない傲慢な妖怪のボスに対してイライラしていた。
「そなたが魔王か?」
俺は頭をボリボリと掻きながら言った。
「まあ、そういうことになるな」
ミノが慌てて、俺に駆け寄って耳打ちをした。
「魔王様、姫の御前ですぞ。お言葉をお選びてくだされ……」
「あ? なんだと?」
俺はわざと大きな声で言った。
「姫? 妖怪に女なんかいたのか? ま、どうせ、汚い顔した女なんだろうよ」
「魔王様!」
ミノが俺を必死に止めようとしたが、口は止まらない。
「隠さなきゃいけないほど、汚い顔なのか?」
幕の裏に見える影が、静かに立ち上がった。
「そなたは妾に不満があるのか?」
「ああ、大有りだね。人がわざわざ、遠い所から来たってのに、顔も見せないバカは人間の中にも、滅多にいないぜ」
「そうか、そなたに顔を見せればいいのだな」
「ひ、姫!」
「爺は黙っておれ」
そして、幕がゆっくりと上がっていく。
俺はどんな化け物が出るのか、ニヤニヤ笑いながら待った。
幕が全て上がった。
そいつは妖怪と思えないほど、綺麗な顔をしていた。
切れ長の目に、白い肌……それとは対照的な赤い唇。古来から伝わる日本的な美人だ。
艶のある長い髪を首元で結い、真っ赤な装束を着ている。
「これで満足か?」
妖怪のボス、婦子羅姫はニッコリと笑った。
俺は黙って、彼女を見つめていた。
「どうした? 魔王」
なぜだ……なぜだ? なぜ、アイツがここにいる……。
「そうだよ。おい、どうしてだ? なんで、お前がここにいるんだ!」
「なに?」
婦子羅姫は首を傾げた。
「訊いてんのはこっちだ! なぜ、お前がこんな所に……」
俺は無意識のうちに、足を動かしていた。フラフラと進み、婦子羅姫の両肩を強く掴むと、頬から熱い涙が流れていくのを感じる。
「ハハハ……早く言えよ。なんだよ……ここにいたのか」
「ど、どうしたのじゃ? 魔王」
婦子羅姫はひきつった顔で、俺を見つめている。
何も考えずに、婦子羅姫を強く抱きしめた。
「ああ、生きていたんだ……」
「や、やめんか! 魔王! そなた、誰かと勘違いしておらんか?」
「ま、魔王様、姫の前で無礼ですぞ!」
ミノが無理矢理、婦子羅姫から引き離した。
「え? 人違い……う、嘘だろ。ち、違うよな? お前は俺の事、前から知っているだろう。会った事あるだろう。ほら……入学式で初めて会った時、お前、緊張しててよ。俺がトイレを掃除してたら、女子トイレと間違えて入って来たじゃん。あと、他にもさ、キャンプで俺がカレー作ってて、火傷した時、心配だからって、お前も病院について来てくれたじゃんか」
俺が必死に喋っても、婦子羅姫は首を横に振るばかりだった。
「知らぬ……魔王、一体、どうしたというのだ?」
「ち、違うのか……ふ、ふざけんなよ」
俺は抑えきれず、天上に向かって叫んだ。
「ふざけんなよ!」
どくん……どくん……どくん……どくん……。
俺の胸の中で、大きな鼓動が聞こえる。
その直後に俺の全身から金色の光りが放たれ、部屋全体を覆った。
真っ赤な部屋は全て金色に染められていく。
……この光景を前に見たことがあるような気がする。なんだろう……思い出せない。
心地よい歌声が耳に流れる。
とても、気持ちがいい……。このまま、ずっとこうしていたい。
目を覚ますと、俺は柔らかな太ももの上に頭を置いていた。
「大事ないか?」
視線を上にやると、そこには婦子羅姫がいた。
「ふ、婦子羅姫!」
俺は直ぐに身を起こそうとしたが、激しい頭痛が俺を襲った。
「いててて……くそ……」
「まだ、動くな。そなたが暴れたので、爺がそなたの頭を殴ったのじゃ……。心配するな、妾とそなた以外、この部屋にはおらぬ」
婦子羅姫は俺の額にそっと触れ、美しい歌を歌い始めた。
彼女の身体から、とてもいい香りがした。何の匂いだろう。多分、何かの花の匂いだ。
思わず、顔が熱くなる。
そんな俺には気にもとめず目をつぶって、歌い続けている。
鳴いておくれ、鳴いておくれ、青空の鳥。
咲いておくれ、咲いておくれ、草原の花。
跳ねておくれ、跳ねておくれ、大海の魚。
見ておくれ、見ておくれ、愛する人よ。
婦子羅姫は歌い終わっても、目をつぶって鼻歌で演奏を続けている。
「何があったか知らぬが、妾はそなたと会ったのは今日が初めてじゃ……でも、そなたが妾の顔を見せろと言った時は、なぜか……嬉しかった……」
そう言って、また鼻歌を続ける。
俺は婦子羅姫の鼻歌を子守唄にして、眠りについた。