俺は不思議な妖怪に連れられて、真夜中の東京湾に来ていた。

 ミノムシみたいな汚い格好をしたじいさんと、暗く静まりかえった港で船を待っていた。

「おい。本当にこんな時間に、船なんか来るんだろうな。罠なんかだったら、即効、皆殺しだぞ」
 ミノムシじいさんは口を開けて、笑った。
「ふぉふぉふぉ、これは恐ろしいことを申される……。心配はご無用。もう、しばらくで、船は来ます」
 俺は舌打ちをして、黄色く光る月を見上げた。


 昼間、公園でミノムシじいさんは俺に「自分達の、妖怪の長に手を貸してくれ」と言った。
 それは今、日本の妖怪が絶滅の危機に瀕しているらしい。
 俺はその救世主となる人物だそうだ。

 よく事態がつかめなかったが、その長と会ってみることにした。
 妖怪と言っても、俺の親友、ショーンを殺した魔族の仲間であることは間違いない。

 もし、罠だったり、俺の……ショーンの身体でもある、この心臓目的だったら、その妖怪の住みかごと、ぶっ壊してやるつもりだ。
 ただ、むしゃくしゃした気持ちを誰でもいいからぶつけたかっただけ、かもしれない。

「来ましたぞ」
「は? どこに?」
 辺りを見回したが、船なんてものはどこに見当たらない。

「お前、俺をからかって……」
その船はいきなり海面から、港に浮かび上がってきた。
「げっ!」
 ミノムシじいさんは特に驚いた顔も見せずに、平然としている。

「では、魔王様。船の中へ……」
 それは船と言うには程遠い代物だった。
 古びた船体にはサンゴや見たこともない色をした貝や海草などの海の生物が附着していた。

 俺とミノムシじいさんが船内に乗り込むと港を出発した。
「魔王様。奥へ参りましょう」
 ミノムシじいさんに案内されて、俺は狭い船内を歩いた。船の中は外見と同様にカビ臭かった。
 俺が奥へと進むごとに、妖怪達がうじゃうじゃ出てきた。
 物珍しげに俺を見つめる。

「ちっ、うぜぇ奴らだ……」
 俺が悪態をついていると、船が大きく揺れた。
「なんだ、この揺れは……」
 俺が驚いていると、ミノムシじいさんが説明してくれた。
「ご安心ください。この揺れは、船が海中に潜ったためです」
 俺は鼻で笑った。

「バケモンが潜水艦かよ。大したもんだな……そーいや、名前、聞いてなかったな」
 俺がそう言うと、ミノムシじいさんは振り返って微笑んだ。
「これは嬉しい……。魔王様に私のような者の名を聞いてもらえるとは……。申し遅れました。私は弔辞六進坊(かいじろくしんぼう)鮫嶽蛇偶衛門(さめがけへびえもん)と申します」
 俺は唖然とした。

「そ、そうか……んじゃ、略して、ミノでいいか?」
 彼は首を傾げた。
「は?」
「よし、決まり……だな。俺は遠丸 俊介(とおまる しゅんすけ)だ」
「遠丸 俊介? 何を申されるかと思ったら……」
 ミノは吹き出した。
「な、なんだよ?」
「魔王様は、魔王様でございます」
「……ああ、そうかよ」
 考えてみたら、こいつは妖怪だ。
 俺はこんな化け物と仲良くなる理由なんかない。
 なに、フレンドリーになってんだよ。
 俺は頭を左右に振って雑念をはらった。


「ところで、この船はどこに向かってんだ」
「はい、海呪城(かいじゅじょう)でございます」
「城か……」
 そうこうしているうちに船は、その海呪城とやらに着いた。