私はハークと一緒にモニタールームを出て、廊下の一番奥にある部屋に案内された。

 中世の貴族が暮らしていたような豪華な部屋だった。
 そこだけが別世界で、アンティーク家具や、ゴブラン織りのソファーが置いてあった。
 天井には金色のシャンデリアが吊るされていた。

 私は年甲斐もなく、お姫様になったような気がした。

「好きなところに座りなさい」
 ぬいぐるみのような小さな魔族、ハーク・フォゼフィールドはソファーの上に飛び乗った。

「そう言えば、まだ、名前を聞いていなかったな」
「あ、ごめんなさい。私、倉石 真帆(くらいし まほ)です」
 ハークは頬から左右に伸びた長髭を触りながら言った。

「ほう、いい名前だな。ところで、わしのことを誰から聞いたのかね?」
「はい、私もよく分からないんですけど……なんか、ピエロの格好をしている人が、猫を探しなさいって」
 そう言った瞬間、ハークの顔が険しくなる。

「ピエロじゃと……ヤツも日本に来ていたのか。……何を企んでおる」
「あの、ピエロさんとはお友達なんですか?」
 ハークはその小さな姿から想像も出来ない、恐ろしい獣の目をした。

「わしがヤツとお友達? ふざけたことをぬかすな。あんな卑怯で残酷で冷血な男を誰が、友と呼ぶ? 天と地がひっくり返っても、手は組まん」
 ハークは不機嫌そうに、ソファーから下りた。
「す、すみません……私、何も知らなくて」
「いや、いいんじゃよ」
「本当にごめんなさい……。あの、ペータンが言ってたんですけど、私のことを仲間だって……魔族だって……本当ですか?」
 ハークは顎をボリボリと掻きながら、言った。
「本当ですかと言われてもな……そりゃ、間違いないじゃろう」
「え! そうなんですか?」
「うむ。おぬしの体からは、わしらと同じ、魔族の匂いがプンプンするからの」
「プ、プンプン……」
 私もいずれ、さっきの猫人間のように、頭から縦耳が生えてくるのだろうか、と不安に思った。


「じゃが、正確には半分じゃ」
「半分ですか?」
「ああ、おぬしは多分、魔族と人間とのハーフじゃ」
 私はそう言われて、少しほっとした。

 でも、そこで一つの疑問が頭に浮ぶ。
 私の死んだ母さんにはネコのような縦耳も、お尻にしっぽだって生えていなかった。
 じゃあ、私のお父さんが魔族なのかな?


 私はこの世に生まれてから、お父さんという人に会ったことがない。
 生前、母さんは私が生まれる少し前に、交通事故でお父さんは死んだと言っていた。
 私が顔をしかめて悩んでいると、ハークが笑った。

「まあ、そう悩んでも仕方ないじゃろう。そう言えば、おぬし、腹が減っていないか?」
 ハークに言われた通り、私のおなかはさっきから、危険信号が鳴りっぱなしだ。
「は、はい。めちゃめちゃ、へってます」
 ハークは「かかかっ」と笑って、内線電話に向かって食事を持ってくるように指示した。
 五分も経たないうちに、また例の猫人間が部屋に入ってきて、トレーをテーブルの上に置いた。
 トレーには猫のマークの銀紙に包まれたハンバーガーとジュースがのっていた。

「さあ、食べなさい。ジャンクフードじゃが、これがなかなか美味いんじゃよ。うちの新商品の〝超サンマバーガー〟じゃ」
 ハークは銀紙を破って、美味しそうにハンバーガーを頬張っている。
 私も我慢できなくなって、〝超サンマバーガー〟なる物を食べてみた。
 少し臭みはあったが、あぶらののったサンマがいい味を引き出していて、けっこうイケる。

「あの、訊いてもいいですか?」
 ハークはハンバーガーをポロポロ、膝に落としながら、私の方を見た。
「なんじゃ?」
「ハークさんって、ネコ科なんですか?」
 彼は肩をブルブルと震わせたあとに、まだ口の中に入っていたハンバーガーを唾と一緒に飛ばしながら怒鳴った。
「誰が猫じゃ! わしをあんな下等な生き物と一緒にするな! わしはこれでも、ハーリー族の始祖でもあり、百八魔頭(ひゃくはちまとう)の一人にして、五大魔神じゃぞ」
「百八魔頭って……何ですか?」
 ハークは持っていた食べかけのハンバーガーをテーブルに置き、ジュースで流し込んでから言った。

「百八魔頭というのは、先の〝マザーの戦い〟で生まれた称号じゃ」
 私は耳慣れない言葉に首を傾げた。
「〝マザーの戦い〟?」
「……話が長くなるぞ」
「はい、お願いします」
 ハークは椅子に座りなおしてから、話を始めた。