僕は暗い森の中で五枚の符を宙にばら撒いた。
「剛魔雷象法」
僕が術をかけると、宙にばら撒かれた符が光り、辺りに凄まじい雷が落ちた。
「出て来い! お前がこの森で人間達を襲って食べていることは知っているんだ!」
叫び声だけが空しく残る。
ダメか。こうなれば持久戦か……。
だが、僕にはあまり時間がない。
多分、ここにいる化け物もあの海峡の奴ではない。
早く、奴を探さなきゃ……。
かと言って、この化け物を放っておけば、また罪もない人間達が襲われる。
あれから一年……僕の復讐はまだ、終わっていない。
僕は死と隣り合わせの危険な道を走っていた。
「ふう……」
ため息をついて、湿った木にもたれた。
木の枝から落ちた滴が、肩にあたる。
師匠からもらった黒いスーツは本当に役立った。
ただのスーツではない。
多分、師匠が僕のことを心配して、スーツに自分の精を念じてくれたんだ。
だから、ちょっとの攻撃ではビクともしない。
それに色が黒というのも落ち着く。なぜだろう……自分の心が荒んでいるせいか。
もう今日は現れないだろうと思い立ち去ろうとしたその時だった。
森の闇から心に直接語りかけるような声が聞こえる。
「なぜ、魔族を殺す……」
僕はとっさに符を取り出して構えた。
「そこにいたのか! 出て来い! 消してやる!」
だが、化け物はそう簡単には出てこない。
「なぜ、魔族を殺す……」
森の闇に身を潜める化け物は同じ台詞を繰り返す。
「なぜだと? 当たり前じゃないか! お前達、化け物は人を無差別に襲って食べてしまうじゃないか!」
化け物は少し、間を置いてから言った。
「……そんなことが理由か?」
「そうだ! お前達は無差別に人を食べるだろう!」
「それなら、人間の方がひどいだろう。魔族は人間しか食べない。だが、人間は同種は食べないがそれ以外の種は何でも食べる……これこそ、他種に対する無差別虐殺ではないのか?」
そう言われて僕は一瞬、言葉に詰まった。
今まで、数々の化け物に出会ってきたが、ここまで知能が高いものは初めてだった。
「それをお前達に言われる筋合いはない!」
「矛盾につぐ矛盾だな」
強い風が吹いた。
木の枝が揺れ、辺りに邪気が広がる。
僕はいつでも術をかけられるように構えた。
やがて、風が止むと、「どしん」という音が森全体に広がり、紫の色のドラゴンが現れた。
体長五メートルほど、頭には二本の角、背中には大きな翼。
今まで戦った魔族の中で一番、強そうに見える。
「お前がこの森で人間を襲う魔族か」
「私はヒトを食べたことがない」
〝私〟という、言葉に僕は驚いた。えらく、上品な魔族だ。
「嘘をつけ! 実際に食べられた人間が何人もいるんだ!」
「それは低級魔族がやったことだろう。私は知らない」
「知っていたのなら、なぜとめない!」
ドラゴンは鼻で笑った。
「とめる必要がないからだ」
「なんだと!」
「お前は可笑しなことを言う……。自分達、同種の罪は償えないくせに、他種の文句を言うのはどうかと思う。だから、私は同種が生きるために人間を食べても、何の罪も感じない。彼らも生きるために食べているのだ。ただ殺したくてやっているのではない。それはお前達、人間と同じだ」
「同じゃ……同じじゃない! お前ら、化け物に何が分かる! 大事な人間を……大好きだった人間が殺された気持ちを! 悲しみを!」
僕はたまらなくなって、符を取り出した。
「結局、戦うか……やはり、人間との関係は幾年経っても変わらんな……。戦うに前に、一つ訊いておきたいことがある」
僕は構えたまま言った。
「なんだ!」
「お前の名は?」
「月花流が八十九代目、青山 翔太!」
ドラゴンは一瞬、驚いた顔をした。
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
「そうか……私はドラムだ」
僕はすぐさま、月花陣をかけた。
ドラムに円陣が引かれ、宙に浮ぶ。
そして円に桃色の花、月花が描かれた。
「陰!」
僕が人差し指を一直線に振り下ろすとドラムは笑った。
「懐かしいな……」
ドラムは灰になるはずだった……。
だが、術の途中で円陣は打ち破られ、ドラムは何事もなかったかのように涼しげな顔をしている。
「そ、そんなバカな……」
「やはり、この術は未だに完璧ではないな」
まさか、そんなはずは……。そんなことは絶対にない。
僕はそう思いたかった。でも、目の前にある現実は違う。
月花流の術の中でも、最強と言われる月花陣が、簡単に破られるなんて……。
術をかけられた相手は身動きが取れなくなる。
それに円陣の中は一千度以上もの高熱があるのだ。
月花陣の「陰」を唱えなくても、炎をあげて燃え死ぬことさえあるのに。
「クソ!」
僕は何も考えずに飛び込んで行った。