親父と母さんの葬式は無事に済み、一か月が過ぎようとしていた。

 親戚の奴らが形見分けとして、親父のゴルフバッグや金目のものを持っていった。
 まあ本当に資産になるものはさすがに置いていったが……。
 
 母さんの方も古い着物やら趣味の人形ぐらいを母方の親戚が思い出に……と持って行ったぐらい。

 正直いって、俺の私物、ゲーム、フィギュア、パソコンなどは自室にあるため、誰一人として近づきもしなかった。
 皆口をそろえて「福助の部屋はな……」と口を濁す。
 汚部屋だし、エロゲや萌えフィギュア、エロ本、エロDVDで埋もれた親戚の性癖なんてみたくないんだとよ。

「ちきしょう! ひとつぐらい俺のエロゲ持っていけよ!」

 テーブルを拳で叩く。
 近くにあった食べ終わったカップラーメンがバン! と音を立てて倒れる。

『少年……少年よ……』

 まーた『こいつ』かよ。
 めんどくーせんだよな、こいつ。
 人のニートライフを奪っておいて、24時間、俺を監視してやがんだよ。

 自家発電も監視しているとか、どんな変態ヒーローだよ。

「なんだ? エセ特撮野郎」
『え、エセとはなんだね!?』
「だってお前の能力って、金になんねーじゃん」
『そんなことないぞ! 君に与えた力はこの国の国家予算に値するものだ』
「へぇ~」
 鼻くそホジホジして、テーブルの裏にくっつける。

『少年……お父様とお母様を死なせてしまった私を恨んでいるのか?』
「べつに。年金マシーンと唯一、メシを作ってくれる人だったからなぁ」
『きみは鬼畜だ!』
「なんとでも言えば? 事実だし」


(……か、誰か……すけて……)


「ん? おっさん、なんか言ったか?」
『私はなにも言ってないぞ? 君だけに聞こえたのではないか?』
 は? 頭わいてんじゃね?

「なーにを言って……」
 頭の中に男の叫び声が鳴り響く。
 あまりの大声に思わず、耳を塞いでしまった。

(誰か! 助けてくれぇぇぇ!)


「なんだ? この声?」
『まさか……聞こえたのか、少年。それは君の大事な人じゃないか?』
「は? 大事な人なんて俺にはいねーよ」
『そんなことないぞ。多分、私の経験からしてそれは‟縁”による誰かの叫び声だ。‟魂の叫び声”というやつだ』
「魂の叫び声だ? 幽霊じゃねーのか」
『違う、君が以前仲良くしていた人間が助けを呼んでいるんだ』
「ヒキニートの俺が?」
『よく耳を傾けて見ろ』
 言われるがまま、俺は耳をすました。

(クソ……ダメだ。こんなときあいつがいたら……福助がいたら……)

「!?」
 俺の名前だ。一体誰だ?
『どうやら心当たりがあるようだな』

 唯一、俺の友達といえる人間が、一人だけいた。
 中学生時代に引っ越してきた同級生で、確か名前は……。

「達也だ!」

『では少年。その達也くんを助けにいくぞ!』
「無理!」
『な、なぜだ? 君の友人なのだろう?』
「だってひきこもりだから、家を出られない。シンプルに怖い」
『くっ! 私はなんて人間に能力を与えてしまったんだ』
 聞こえているよ、このクソヒーロー。

 しかし、どうしたものか。
 達也、松田 達也≪まつだ たつや≫。それが俺の唯一の親友。
 といっても、遊んでいたのは中学1年生の僅かな時期だ。
 数ヶ月遊んだぐらい。
 そんな仲で俺の名前を口にするか?
 20年以上経っているのに……。

(福助……もう一度会いたかった……)

「くっ!」
 そんなこと言われたら、俺も会いたい。
 この身体じゃ、この外に対する恐怖さえ、克服できたなら……。

「おっさん、外に出るのが怖いのを能力で治せるか?」
『そんなことは不可能だ。己で恐怖に打ち勝て』
「マジかよ? 使えねーおっさんだわ」
『ま、待て! 救いたいのだろ? 治せるかはわからんが、君の素性を隠す方法ならある』
「隠す? ステルススーツか?」
『なんだね、それは? 容姿を少し変えられるというとこだ』
 容姿?
 そんなもんならとっくに変わったぞ。マッチョゴリラになっているし。

『少年、自身の思い描くヒーローを頭の中で描け。さすれば、くっそ寒い‟変身”が可能となる』
 こいつ、またディスりやがったな。
「わーったよ」
 俺の思い描く、ヒーロー。
 目を閉じて、数々見てきたアニメや特撮モノの中でカッコいいキャラを思い出す。
 しばらくした後、俺が一番ベストだと思えたヒーローを捉えた。

「へん・しん!」
 
 俺がそれを口にした瞬間。
 なにかが変わった気がした。
 身体を見ても特段、変化はない。

『少年、鏡を見て見ろ』
 言われた通り、洗面所につくとそこにはかつての俺はいなかった。

 逆立ったツンツン頭で髪の色は銀色。
 瞳の色は地獄のような深紅。

「こ、これがオレ……」
『ああ、そうだ。さあ友達を助けにいこう! その姿ならば、以前の君と思うヤツは誰もいない』

 そう言われれば、そうだ。
 こんな日本人いないし、かつての俺はデブで汚らしいヒキニート。
 だが、今の俺はガチムチマッチョで銀髪に赤い眼と来たもんだ。
 この変身した俺なら、外に出られる気がする。

 恐る恐る玄関へと足を運ぶ。
 靴は履かなかった。なぜかはわからない。
 俺の心はただ一つのみ。

 達也を助けたい!

 その言葉で頭がいっぱいだった。
 救い……ヒキニートの俺には程遠いモノだった……。
 でも、俺は。

「いってきます」

 そう呟くと玄関のドアを開いた。

 やく20年ぶりに……。
 天気は大雨。

 それでも俺は家を飛び出ると、住宅街を猛スピードで走り抜けていく。
 自分じゃわからなかったが、スポーツカーの運転手が追い抜く俺を見て、事故るほどだ。

「なんだ? この力は……」
『やっと芽生えたんだ。君の救いへの第一歩が』