「優しくて穏やか……」

「三好さんも会ったら好きになっちゃうんじゃないかしら」

「な、なに、言ってるんですか……そんなこと、あるわけないじゃない…ですか!」

「分からないわよ。恋は、いつのまにかしているものなんだから」


 ーー恋なんてそんなのあるはずない。

 それにまだ私は、初恋の経験がないから恋がどういうものなのかさえ分かっていない。


「恋をすると世界がキラキラして見えるのよ。先生も学生時代は好きな子がいたな〜。あの甘酸っぱい感情をもう一度味わいたい」


 恋をすると、キラキラ?


「光ってるんですか?」

「そうよ! もうね、世界が輝いてみえるの! 色鮮やかで毎日が楽しくて、明日が待ち遠しくなるくらい!」


 興奮気味にしゃべる先生は、学生の頃を思い出して乙女のように目をキラキラさせていた。


「だからね、恋はいいわよ!」


 と、力説されるからその圧力に押されて苦笑いを浮かべながら黙り込んでいると、


「それとももしかして……すでに好きな子がいるとか?」


 ぱあっとさらに目を輝かせる先生は、なにかを誤解しているようで。


「いっ、いませんよ!」

「あらあら、ほんとかしら〜?」

「ほっ、ほんとです!」


 自分の気持ちを伝えるのが下手で適切な言葉が見当たらなかった私は、


「とっ、とにかく、ほんとにちがいますので……失礼します……!」


 結局逃げるほかなかったんだ。


 ***


 ──その日の夜。

 私は、スマホでURLを検索した。

 画面には、ひとつのアカウントが現れる。

【Rituki】


「……わ、ほんとだ、すごい写真がたくさん」


 スクロールして過去の方へ戻ってみるが、数えきれないほどの写真があった。


「どれもぜんぶ綺麗」


 ひとつひとつ、丁寧に見ていく。

 それだけでたった一冊の本を読んでいるくらい時間が過ぎる。


「それにひきかえ私は……」


 高校に入学してすぐのこと、友達を作るきっかけにとつくっておいたアカウントは、今もフォロー、フォロワー0のまま時間だけが過ぎていた。

 今になってこれを使うときがくるとは、思っていなかったけど。


「まぁでも……消さないでよかった」


 だって、こんなに綺麗な写真がいつでも見られるんだもん。


 写真は主に日常の風景で。

 春は、桜。桜の木の下から撮って木漏れ日が綺麗だったり、道端に咲いている小さな花や、真っ直ぐ伸びる道路、路地裏で寝転ぶ猫。

 一日一枚投稿されている写真には、全部にひと言コメントが添えられていて。


【春の桜を見て笑顔になりますように】


【人生は一本道だけではない。諦めないで】


【ひなたぼっこしてる猫を見てほっこりして】


 彼の思いが、言葉が、文字として残されていた。

 まるで彼の目線で、同じ景色を見ているみたい。


「……こんな素敵な写真を撮る人って、どんな人なんだろう」


 ポスっとベッドに仰向けになりながら、スマホをかざして画面を見つめる。


 目の前には、優しい光景が広がっていて。

 目を閉じれば、まぶたの内側にその光景が焼き付いているようで。

 ──私、もっともっと、この人の写真を見て見たい。