手を伸ばそうとするが、ハッとして手を引っ込めた。
ここは廊下で、不特定多数の生徒がいる。
声をかけたら彼に迷惑をかけてしまう。
それに、かける言葉なんかきまっていない。
きっと私のことだ。
言葉に詰まらせて、時間を無駄に使ってしまうだけ。
そうして相手を不快にさせてしまう。
だったらーー
今までのようにSNSだけで声をかける方がもっとも適切だ。
だから私は、諦めて背を向けて。
彼とは違う方向へと歩いた。
けれど、どうしても諦めきれなくて踵を返して廊下を走った。
突き当たりの角を左に曲がってーー
けれど、そこに彼の姿はなくて。
「ーーあっ、これ……」
その代わりに、たった一枚のプリントが落ちていた。
そこに書かれていたものは。
「……山田、律樹くん……」
彼の名前が書かれていた国語のプリントだった。
***
「これ、どうしよう……」
結局、本人へ返すことができなくて家に持って帰って来てしまった。
国語のプリントだから必要だろうし、今頃もしかしたらないって慌てているかもしれない。
でも今は、20時半過ぎ。
学校へ行ったって生徒は誰ひとりいない。
それに山田くんの家はおろか、連絡先だって知らない。
知っているのは、SNSだけで……
「ーーあっ、それだ!」
気がついた私は、ベッドの上に放置していたままのスマホを掴むと、慣れた手つきでアプリを開いた。
すると、今日分の投稿が更新されていたことにようやく気がついた。
【ひとりで無理して、陰で泣かないように】
ーーそんなコメントと共に、紺色の傘と灰色の空が映っていた。
「そういえば、今日雨だったっけ……」
なんてことを思い出し、おもむろに窓の外へ目を向けた。
ザーザーと降る雨の音。
雨の日は、あまり得意ではない。
せっかくセットした髪の毛も湿気で広がってしまうからだ。
そんなことを思い出して、少しおかしくなるとクスッと笑った。
【りつきくんの写真を見ていると、雨の日も憂鬱じゃなくなるね】
メッセージを打ち込んで、送信する。
すると、やっぱり一分もしないうちに返信が返ってくる。
【僕、雨って結構好きなんだよね。雨粒の音って目を閉じると、嫌なこと全部シャットアウトさせてくれるし、それに雨上がりに虹も出るし。いいこと尽くし】
りつきくんとおしゃべりをしていると、憂鬱だったことがぜんぶ嬉しいに変わる。
ほら、不思議だ。
今も止まない雨。ずっと降り続く。
目を閉じると、まるでメロディーを奏でているみたいに聞こえて。
ーー雨が、不思議と嫌じゃなくなる。