もう一度、田中くんに会いたい。

 そんな思いから、私は休み時間やお昼休みをあてもなく校内を歩いて回った。


 けれど、クラスも違えば接点なんか何一つない。

 偶然でもない限り、彼には出会えない。


 それでも小さな希望を胸に、期待をしてしまうんだ。


「山田、これ持って」


 突然、背後からその声が聞こえて、私は肩を震わせながら立ち止まる。


 〝山田〟なんて名前、どこにでもいるだろうから彼じゃないかもしれないけど。

 恐る恐る振り向くと、同じ学年の刺繍が胸元のシャツに付いていた。


 ーー願いが届いたのだと、思った。


 ……間違いない。この前、図書室で見かけた彼だ。


 ちゃんと顔を見てみたい気持ちと、だけどやっぱり知りたくない気持ちが葛藤していた。

 どきどきと鼓動を鳴らしながら、振り向いた。


「うん、いいよ。貸して」


 柔らかそうな黒髪に、穏やかそうな雰囲気の彼は、SNSのときの口調と同じで、優しそうに友達の荷物を半分持ってあげていた。


 この前は、横顔だけだったけれど、今度は真っ直ぐみられた。

 ……あれが、山田くん。いつも私に話しかけてくれる。


 もっと知りたい。

 近づいてみたい。


 そんな葛藤と共に、自分に気づいてほしくなくて。

 私の方へ向かって来るから、慌てて俯いてスカートの裾をキュッと握りしめる。


 ーーふわっ

 風とともに、一瞬鼻先をかすめた匂い。

 山田くんたちが通り過ぎると、パッと顔を上げて振り向いた。

 二人は、私に気づくこともなく歩いていく。


 花の香りの柔軟剤。

 たったそれだけで、胸が熱くなる。


 ーー直接、声を聞きたい。

 そんな欲望が生まれる。