「また何か取り置きしておくものはある? あるなら早めに取り置きしておくけど」
「え、いいんですか? んー……だったら──…」
〝山田くん〟というだけで、それ以外は何も分からない。
それなのに、私の鼓動は早くなる。
……私、どうしちゃったんだろう。
「じゃあ次はその本を取り置きしておくわね」
「お願いします」
本棚の視覚になってるわけではないのに、全然私に気がついてない。
やっぱり私って存在薄いのかなぁ……
そんなことに敏感になって落ち込んでしまう。
「おーい山田。ひとりで勝手に行くなよな」
もう一つドアの向こう側から声が現れるから、小さく肩を震わせた。
田中くんとは対照的なしゃべり方。
「あ、ごめん。つい本のことになると夢中で」
ふたりの男の子が図書室にいる。
どうして私は田中くんの声にどきどきしちゃうんだろう。
「でも見て、これ。ようやく読めるんだよ、この本。取り置きしておいた甲斐があったよ。……あ、佐々木もあとで読む?」
山田くんの声が、雰囲気が、SNSの彼と結びついてしまう。
千人近くいる生徒の中から、たったひとりを見つけ出すのなんて不可能なのに。
どうして鼓動がうるさくなるんだろう。
「いやー、俺はいいや」
ーーどうしよう、どうしよう。
べつに決まったわけじゃないのに、心がざわざわして落ち着かない。
「佐々木もたまには本読んだ方がいいよ。これとかすごく読みやすいんだよ」
「俺は、本読むってガラじゃねーの」
「まあ、見た目はたしかに……」
もう一度、見てみたい。
そんな欲望が、湧き上がる。
「もーいーって。そろそろ行こうぜ」
勇気を振り絞り、振り向いて。
そして、山田くんを見つめる。
しっかりと焼き付けるように。
「うん。あ、じゃあ先生次もお願いします」
穏やかな表情に、物腰の柔らかい口調。
まさしくSNSの彼そのもので。
ーー彼が、山田くんならいいのに。
そんなふうに思ってしまった。
この気持ちに名前をつけるとしたら、それはきっとーー
ーー恋だろう。