数日後、私はまた化学準備室に呼び出された。今日はダンス撮影がある木曜日なのに、放課後に呼び出されてしまった。
「私、何かやらかしたかな?」
「さおりちゃんはバイトとかやってないもんね。もしかしたらあのメッセージの件、進展あったのかもよ。」
藤子ちゃんと呼び出された理由を考えていると、そんなことを言われた。藤子ちゃんのお父さんいわく、一度「いじめ」として訴えがあった案件についてはある程度継続して調べなければいけないことになっているらしい。
「ちゃんと調べてたら、ちょっとは見直すな。」
ちょっとの期待を胸に化学準備室のドアを開けた。
「んあ?」
米澤赤福はやはりクリームをビンごと舐めながら私を出迎えた。
私が座るのも待たずに、クリームを口に入れたまま彼のタイミングでしゃべり始めた。
「佐藤さんのお母様からお電話がありました。何か隠していることがあるのではないか、と。」
ドキッとして鳥肌がたった。お母さんに隠していることはたくさんある。ベビーフェイスのこともこのメッセージのことも。
「もしかして、お母様にはこの前のご相談の件、お話ししていないのではありませんか?」
「はい。心配かけたくないので…。」
米澤赤福はプリントの山をパシンと叩いた。その音は準備室いっぱいに響いて、びっくりして身震いしてしまった。
「君が『心配をかけたくない』と言うから、こちらはあらぬ疑いをかけられたのだ。『学校が隠し事をしている』と、そのような口調でお話になられていたんだぞ。」
「はあ。」
「君のせいで嘘つき呼ばわりだ。どうしてくれる!」
またプリントの山を叩く。こうやって気に入らないことがあればペシペシ物に当たるのが米澤赤福。
「どうする? 例のいじめのようなものの件をお母様に話すか? それとも…。」
総合的に考えて、私は米澤赤福の新しい提案に乗らざるを得なかった。
*
「聞いたわよ! お姉ちゃん、ベビーフェイスが好きなんだって?」
「うん。なんか恥ずかしくって。」
家に帰るとニコニコしたお母さんが出迎えてくれた。先に米澤赤福から電話が入っていたらしい。
米澤赤福の提案は、ベビーフェイスのファンをカミングアウトする、と言うものだった。確かに、お母さんがなるべくベビーフェイスの話題に近づかないようにその話題を自分から振ることは避けていた。音楽番組でかかるくらいで、家の中にはベビーフェイスは存在していなかった。
米澤赤福の中では、私も(彼と同じ)ベビーフェイスのファンということになっている。そして、お母さんの心配様では「〇〇を隠していました」ということが出てこないとずーっと私にも米澤赤福にもあらぬ疑いがかかり続けるとのことだった。そこでファンをカミングアウトすることでお母さんを安心させられるのでは? という提案だった。
「いいじゃない! 女の子が女の子のアイドルを好きだって。先生も好きらしいわよ。よくよくお話ししてごらんなさい。」
「そーなんだ。へー。」
知っていたけど、話を合わせておく。
「私も最近街でよく聞くなーって思っていたから、お姉ちゃんと一緒に聞いてみようかな。」
「ええ? 照れるなあ。ははは。」
お母さんとベビーフェイスがこんなに急接近するとは。まあ、私がベビーピンクだとバレたわけじゃない。いじめられた私を知られるよりアイドルの私に近づく方がまだ傷が浅い。「ははは」と笑ってみせる笑顔は、偽りの笑み。お母さんに隠すと決めたって、SNSで悪口を言われ、存在を否定された事実は、いまだに私の心をむしばんでいる。
*
「とにかくバズってくれ」
あおたんの言葉がふと頭に浮かぶ。
2年生に進級する前にそうお願いされてから2ヶ月近く、私たちはそれぞれに工夫してSNSを運用しているけれど、まだ「バズった」と言えるほどの閲覧数を稼げていないのが実情。しかも、リーダーである私の閲覧数が一番伸び悩んでいるのが痛いところ。
「もしかして、これ、ネタになる?」
可愛いものの投稿、リプのファンサービス、何をやっても正直うまくいっていない。こういう一般人ぽいけどなかなか無い体験ってもしかしてバズるのでは? 売れるためなら何にでもすがりたくて、文面をしたためた。
「いじめ体験。
実は最近、リアルにいじめ被害、受けました。
SNS上の悪口ってやつ。リア垢に『○ね、○ろす、生きている価値なし』とか送られてきました。
たぶん学校の関係者だろうってことで学校に相談したけど、相手にしてもらえず。
悲しいよね。親にも言えず。心配かけたくないじゃん。
ちょっとひとりで抱えてるのが辛くなってきて、こんな可愛くない投稿失礼しました。
明日からはまた『可愛い』を発信していくね。」
「私、何かやらかしたかな?」
「さおりちゃんはバイトとかやってないもんね。もしかしたらあのメッセージの件、進展あったのかもよ。」
藤子ちゃんと呼び出された理由を考えていると、そんなことを言われた。藤子ちゃんのお父さんいわく、一度「いじめ」として訴えがあった案件についてはある程度継続して調べなければいけないことになっているらしい。
「ちゃんと調べてたら、ちょっとは見直すな。」
ちょっとの期待を胸に化学準備室のドアを開けた。
「んあ?」
米澤赤福はやはりクリームをビンごと舐めながら私を出迎えた。
私が座るのも待たずに、クリームを口に入れたまま彼のタイミングでしゃべり始めた。
「佐藤さんのお母様からお電話がありました。何か隠していることがあるのではないか、と。」
ドキッとして鳥肌がたった。お母さんに隠していることはたくさんある。ベビーフェイスのこともこのメッセージのことも。
「もしかして、お母様にはこの前のご相談の件、お話ししていないのではありませんか?」
「はい。心配かけたくないので…。」
米澤赤福はプリントの山をパシンと叩いた。その音は準備室いっぱいに響いて、びっくりして身震いしてしまった。
「君が『心配をかけたくない』と言うから、こちらはあらぬ疑いをかけられたのだ。『学校が隠し事をしている』と、そのような口調でお話になられていたんだぞ。」
「はあ。」
「君のせいで嘘つき呼ばわりだ。どうしてくれる!」
またプリントの山を叩く。こうやって気に入らないことがあればペシペシ物に当たるのが米澤赤福。
「どうする? 例のいじめのようなものの件をお母様に話すか? それとも…。」
総合的に考えて、私は米澤赤福の新しい提案に乗らざるを得なかった。
*
「聞いたわよ! お姉ちゃん、ベビーフェイスが好きなんだって?」
「うん。なんか恥ずかしくって。」
家に帰るとニコニコしたお母さんが出迎えてくれた。先に米澤赤福から電話が入っていたらしい。
米澤赤福の提案は、ベビーフェイスのファンをカミングアウトする、と言うものだった。確かに、お母さんがなるべくベビーフェイスの話題に近づかないようにその話題を自分から振ることは避けていた。音楽番組でかかるくらいで、家の中にはベビーフェイスは存在していなかった。
米澤赤福の中では、私も(彼と同じ)ベビーフェイスのファンということになっている。そして、お母さんの心配様では「〇〇を隠していました」ということが出てこないとずーっと私にも米澤赤福にもあらぬ疑いがかかり続けるとのことだった。そこでファンをカミングアウトすることでお母さんを安心させられるのでは? という提案だった。
「いいじゃない! 女の子が女の子のアイドルを好きだって。先生も好きらしいわよ。よくよくお話ししてごらんなさい。」
「そーなんだ。へー。」
知っていたけど、話を合わせておく。
「私も最近街でよく聞くなーって思っていたから、お姉ちゃんと一緒に聞いてみようかな。」
「ええ? 照れるなあ。ははは。」
お母さんとベビーフェイスがこんなに急接近するとは。まあ、私がベビーピンクだとバレたわけじゃない。いじめられた私を知られるよりアイドルの私に近づく方がまだ傷が浅い。「ははは」と笑ってみせる笑顔は、偽りの笑み。お母さんに隠すと決めたって、SNSで悪口を言われ、存在を否定された事実は、いまだに私の心をむしばんでいる。
*
「とにかくバズってくれ」
あおたんの言葉がふと頭に浮かぶ。
2年生に進級する前にそうお願いされてから2ヶ月近く、私たちはそれぞれに工夫してSNSを運用しているけれど、まだ「バズった」と言えるほどの閲覧数を稼げていないのが実情。しかも、リーダーである私の閲覧数が一番伸び悩んでいるのが痛いところ。
「もしかして、これ、ネタになる?」
可愛いものの投稿、リプのファンサービス、何をやっても正直うまくいっていない。こういう一般人ぽいけどなかなか無い体験ってもしかしてバズるのでは? 売れるためなら何にでもすがりたくて、文面をしたためた。
「いじめ体験。
実は最近、リアルにいじめ被害、受けました。
SNS上の悪口ってやつ。リア垢に『○ね、○ろす、生きている価値なし』とか送られてきました。
たぶん学校の関係者だろうってことで学校に相談したけど、相手にしてもらえず。
悲しいよね。親にも言えず。心配かけたくないじゃん。
ちょっとひとりで抱えてるのが辛くなってきて、こんな可愛くない投稿失礼しました。
明日からはまた『可愛い』を発信していくね。」



