街にはいろいろな人がいる。
 大人も子どもも、陽キャも陰キャも。

 私、佐藤さおり(さとうさおり)はどちらかと言うと大人っぽく、どちらかと言うと陰キャな女子高生。周りと比べれば、ではあるが、あながち間違っていないと思っている。

 春休みの電車の中でSNSを開く。イヤホンには最近流行りの甘くポップな曲が刺さってくる。ショート動画の音源はこの動画も次の動画も、全部ベビーフェイスの「満腹ショートケーキ」だった。
 それを確認してニコッと口角を上げる。
 スマホをポケットにしまい、ふと隣のお兄さんのスマホ画面に目がいってしまった。悪いとは思いつつ、その画面を見ると、やはり「満腹ショートケーキ」のMV(ミュージック・ビデオ)だった。
 とっさに目を離し、上の中吊り広告を見てもベビーフェイス。こちらは映画の主題歌「初恋レモネード」の宣伝。
 街のあちこちにあふれるベビーフェイスを見てニヤケが止まらない。でも、街の人は誰もそれに気づかない。マスクの下でにやけているベビーピンクに気づかれない高揚感。

 ベビーフェイスは同級生3人組で結成した仮面アイドル。年末にSNSにあげた「満腹ショートケーキ」のMVがバズって一躍有名になった。いままでに3曲リリースしていて、どれもそれなりに聞かれている。しかも中高生を中心にダンス動画の音源としても使われて、いまや聞いたことがない人を探すほうが難しい。

 そう。私はそんなベビーフェイスのセンター、ベビーピンクなのだ。「仮面アイドル」の特性上、それは誰にも悟られてはいけない。たとえ両親であっても仮面を脱いではいけない秘密なのだ。