片桐の台詞は文字だけで捉えたら、言い過ぎだと思われるだろう。けれどそれが本物の刃と化すことはなかった。冗談も時としては鋭い刃になる。片桐自身、その危険性を十分に理解していたのかもしれない。彼が湯河原に言った台詞を私に言わなかったのも、そのためかもしれない。同じ台詞でも、関係性が違う相手に言えば、冗談も刃に変わると彼は知っていたのだ。
「八百瀬さんは仲いい人とかいるの?」
突然片桐にそう聞かれて、私は首を傾げた。仲のいい人。仲のいい人。やはりいつもと同じことを考えてしまう。何度考えても、私は所謂“親友”や“グループ”といった友達関係を持ったことが無かった。親友はその他の友人よりとりわけ仲が良いから親友である訳だし、グループも似たようなものだ。そうなると他の友達と差別化されるわけであり、“同じように”という要素が欠けてしまうと思ったのだ。だから私は高校に入る前までは、誰とでも一緒にいたし、誰かとずっと一緒という事もなかった。
 首をかしげて悩み続ける私を見て、彼は一緒に首をかしげながら彼女の答えを待った。どこから仲が良いと言っていいのか私は自問自答した。人の心は氷山だ。目に見えている部分はほんの一部で、海面下にも見えない部分が広がっている。そうなると、一方的に仲が良いと思っていても、客観的にみるとそうではないこともあり得る訳で、でたらめに名前を挙げる事もできない。あまり真剣に悩む私を見て、ついに片桐は噴き出した。
「そんな真面目に考えないでいいのに。ごめん、難しい事聞いちゃったね。でも確かに誰かと仲がいいかどうかなんて、普段考えないよね。俺もそんなことちゃんと考えなかったわ」
質問にすぐ答えられなくて申し訳ないと思う私だったが、片桐は気にしていないらしく、食べ終えた弁当箱を片付け始めた。
「ねさ、ふれあい広場行こうよ。俺ウサギ触りたいんだけど」
水筒の蓋を開けながらそう提案する片桐に、残りの四人も頷いた。
「私も行きたかった!あそこ、兎だけじゃなくてヒヨコとヤギもいるらしいよ」
相生がリュックに弁当箱をしまいながら言った。けれどその後すぐに林先生の声がした。昼食時は騒がしくて気がつかなかったが、いつの間にか雨が降り始めていたのだ。ざーざーという雨音にかき消されないよう、声を張り上げながら林先生が言う。