谷川が指さす方を見ると、艶やかな黒髪を見事にセットした男子生徒が隣の女子生徒と仲良さそうに話していた。
「ちなみに片桐のペアは残念ながら後ろのそいつですね」
「残念ながらってなんだよ」
私の後ろの生徒である湯河原ケイが心外と言わんばかりの顔で谷川につっこんだ。
「八百瀬さん、ご愁傷さまです」
湯河原を無視して谷川が言った。
「だから、ご愁傷様ってなんだよ!おかしいよね!?」
テンポの良い二人の掛け合いに思わず笑ってしまった私に、湯河原も眉を八の字にしながら笑った。
「えぇ。なーんで俺笑われなきゃいけないの」
私はよろしくお願いしますという意味で深く頭を下げたが、後ろから谷川が
「ほら、八百瀬さんもご愁傷様ですだって」
と言ってきたので慌てて首を振るはめになった。
「ちがうって」
 その後は班で集まり、役割を決めることになった。役割と言っても小学校のように保健係や時計係などは存在しなかった。班長と副班長の二つだけだ。班長はコミュニケーション能力の塊のような片桐になり、副班長は相生に決まった。班長と副班長が名簿に名前を書いている間、私は岩井と湯河原とのんびり過ごした。バスの座席は班とは関係なしに決めてよいらしく、私は最後にあまった席に名前を書いた。前方の通路を挟んで左側の列の窓側で、隣は牧田という女子生徒だった。
 自然教室当日はあいにくの雨、それも清々しいほどの土砂降りだったが、雨天決行ということもあり、住福高校の一年生はずぶ濡れで貸し切りのバスに乗り込んだ。この日、このクラスの明るさは天候に全く影響を受けないという事を私は思い知った。
「あ、その先俺の家―!」
「降りろ降りろ!」
「せんせー、お菓子食べてもいいですかー?」
「こぼすなよー」
「誰かチョコちょうだい、恵んで俺に」
出発時は土砂降りの中、傘をさして手を振ってくれる見送りの先生に手を振り返していた皆だが、学校が見えなくなると騒がしさに拍車がかかった。