僕は翌日、家の蔵を漁った。愛された記憶がない僕は、物心つく前に愛されていた可能性を探してアルバムを探した。たとえ覚えていなくても、物的証拠があればまともになれると信じたかった。
 一縷の望みにかけて蔵の荷物を次から次へと引っ張り出しても、弟の名前のアルバムしかなかった。母の写真一枚見つからず、僕は自分のルーツすら分からない。
「何を散らかしているんだ、片付けなさい」
 父に見つかり、叱られた。父は僕の名前すらろくに呼ばない。
「僕を産んだ母さんの写真ってないの?」
 父が協力してくれるとは思えないが、一縷の望みにかけた。僕の言葉に父の顔が引きつった。
「もし教育実習で敦子の話をするつもりならやめなさい。犬宮の名に傷がつく」
 教育実習の日程は報告したのに、昨日終わったことをもう忘れられている程度には父は僕への関心が薄い。しかし、そんなことよりもどうして母と教育実習に関係があるのだろう。
「どういうこと?」
 僕は父から強引に母の話を聞きだした。

 数日後、先生の家を訪れる。先生は僕と二度と会うつもりはないようだが、それでも押し掛けた。インターホン越しに冷たく「帰りなさい」と言われたが、僕は引き下がらない。
「支援センターの先生、星敦子って名前じゃありませんか?」
 僕が核心を突いた瞬間、先生はドアを開けた。僕はそれを肯定と受け取った。
「僕は星敦子の息子です」
 父から話を聞いた翌日、こっそり市役所に行った。戸籍を取り寄せた結果、母の出身は北海道。大学卒業直後に結婚、僕を出産。在学中の婚前妊娠と思われる。僕が三歳の時に離婚し、先生が十五歳の年に鳥取で事故死。父曰く、小学校と中学校の教員免許を所持していたものの就職せず家庭に入ったとのこと。
「母方の祖父母からの手紙で知ったんです、母に捨てられたわけじゃないって」
役所経由で住所を調べ、祖父母に手紙を出した。返事は比較的早く来た。
結婚に反対した手前、会いに行けなかったことへの謝罪と、母の生涯について書かれていた。離婚の際はまだ一人っ子だった僕は犬宮の跡取りだったので、父方の親族は親権を死守して母を追い出した。その後、母は実家に帰らず鳥取で教育支援センターの職員となった。僕は母が“センセイ”だと確信した。
「だから、知りたくなったんです。母のことを」
「どうして、センセイに手紙の返事を出さなかったの?」
 先生は僕を問い詰めた。
「手紙?」
「離れ離れになった息子さんがいて、何度も手紙を出したけど読んでくれてるかは分からないって」
 手紙なんて知らない。そんなの見ていない。先生の言葉に頭の中が一気にぐちゃぐちゃになる。なんとか整理しようとすると呼吸が乱れた。
「父か義母が勝手に捨てたんだと思います」
 最初に湧いてきたのは怒りの感情だった。
「鮫原先生、教えてください。その手紙、何て書いてあったんですか。ねえ、教えてくださいよ!」
 僕は思わず先生の肩を掴んだ。
「分からない、ごめんなさい」
「今まで母は僕を捨てた最低な人だと思ってたのに、手紙の返事も出さなかったどころか読みもしなかった最低な息子だったのは僕の方じゃないですか!」
 全身の力が抜ける。僕は二度と母に謝れない。
「母さんはもう僕のことなんて忘れていると思っていました。でも、こんなのってないじゃないですか」
 涙が止まらなくなった。胸が痛い。息が苦しい。
「センセイは貴方を恨んでなんていないし、怒ってもいないよ。幸せでいてくれたらそれでいいって」
 錯乱する僕を先生が宥める。
「僕は愛される唯一のチャンスを逃しました。そんな僕が幸せになる資格なんてないんです」
「光はちゃんと愛されていたよ」
 先生は泣き喚く僕を抱きしめた。先生の綺麗な手が僕の頭を撫でた。僕はこの優しい手つきを知っている。
「センセイは最期まで光を愛していた。だから、きっとわかってくれてる。大丈夫、光は悪くない」
 僕は気づいた。僕も先生も母に頭を撫でられたことを覚えていた。僕は幼すぎて頭から記憶が抜け落ちていても、ちゃんと心が覚えていた。子守唄もそうだった。
僕たちが出逢ったのは偶然だとしても、こういう関係になったのは必然だ。お互いに相手を通して天国の母に会っていた。僕たちはちゃんと母に愛されていたのだ。
肺が空っぽになるまで泣き叫んだ後、僕は先生に伝えた。
「母に会いに行きたいんです。一緒に来てくれませんか」