翌朝学校に行くのは死ぬほど気が重かった。鮫原先生と顔を合わせるのが怖かった。それなのに鮫原先生は今までのことは全部夢だったとでも言うように普通だった。それでますます訳が分からなくなった。
 女装した僕にだけ用があったということは、男性恐怖症か何かだったのだろうか。だとしたら、僕は最低なことをしてしまった。でも、それならばどうして先生はわざわざ男子校を選んで教師になったのだろう。
「恋の病かあ?」
 思い悩んでいると、渡辺君が僕の背中を小突いた。
「ち、違うよ!」
 図星をつかれて焦る僕を渡辺君は笑った。
「犬っちが鮫ちゃんのこと好きだって、みんな知ってるよ。鮫ちゃんも鋭いから絶対気づいてるだろうな。いつも生徒に告られそうになる前に牽制してるし。俺とかね。春に親が離婚したんだけど、その時相談に乗ってくれた鮫ちゃんに恋しちゃってさ。今は普通に先生として好きだけど。鮫ちゃんがいなかったら、引きこもりになってたかも」
 渡辺君の口調が照れ臭そうなものに変わっていく。
「ただ犬っちってどう考えても鮫ちゃんの好みじゃないからなあ。ドンマイ。フラれたらA組のみんなで慰めパーティーしてやるよ」
「好み?」
 キーワードを思わず復唱してしまった。
「鮫ちゃんって昔、錦先生と付き合ってたんだよ」

 錦先生は親子ほど年が離れている。いい父親になりそうなのに、未だに独身であることが不思議でならない。筋骨隆々、堀の深い顔立ちで、豪快なスポーツマン。貧相な体と女顔のせいで学生時代はミスコンと称した女装コンテストに出場させられた僕とは正反対だ。
 僕は錦先生に渡辺君の話が本当か聞かずにはいられなかった。
「鮫原先生と付き合ってたって本当ですか?」
「誰から聞いた? 渡辺か?」
 錦先生は情報源の生徒を探った後、ため息をついた。
「悪いこと言わないから、アイツはやめとけ」
 僕の気持ちは錦先生にも見破られていた。穴があったら入りたい。
「言っておくが、嫉妬じゃないぞ。唯華……鮫原先生の教育実習の時から面倒見てて、二年くらい付き合ったけど、全然踏み込めなかったよ。犬宮の手には負えないだろ」