勇気を出して先生の部屋に入ったその日から、着せ替え人形にされる日々が続いている。着替える前は光と呼んでくれるのに、着替えた後はセンセイとしか呼んでくれない。
「センセイ」
 生徒に対する慈愛とも、教師に対してどこか壁を作ったような態度とも違う口調。こうしているときが一番素の鮫原先生なのではないかと勝手に思った。
 先生に恋愛感情があるのかはわからない。寝る前に抱きしめられると安心してよく眠れるから。それだけの理由で呼び出されている。先生の望む格好をして、先生を抱きしめる。この関係も教育実習が終わったらなかったことになってしまうことがとても怖い。
「鮫原先生、下の名前で呼んでもいいですか」
「呼んで、何度でも」
 その言葉に理性の糸が切れた。
「唯華さん……!」
 僕はカツラを脱ぎ捨てた。キスをしようとして、顔を近づける。言おう、好きだと。恋人としてこれからもずっと一緒にいたいと。
 
「離れてよ、気持ち悪い」
 突然思いきり突き飛ばされた。先生はかつてないほどに冷たい目で、尻餅をついた僕を睨んでいる。
「男性の貴方に用はありません。出ていきなさい」
 氷水を浴びせられたような気分だった。ほんの数秒前まで告白をしようとしていたのに、口をパクパクすることしかできなかった。
「あの、ごめんなさい……」
「出ていきなさいと言ったのが聞こえませんでしたか?」
 言い訳一つ許されなかった。女装姿のまま転がるように逃げ出した。マンションの廊下にへたりこんで、壁にもたれかかる。僕だけが浮かれていたのだろうか。