「問題大アリだよ!」
私は七瀧くんを泣きそうになりながら睨みつける。
「あっ、そうだそうだ!」
谷向くんがこの場に相応しくない明るめの声を出した。
多分、ふざけているわけではなくて、不穏になった空気を何とか変えようとしたんだろうけど、会話を邪魔されたことに少し不満を抱く。
「透埜にあれを返し忘れてた」
「あれって何だよ?」
七瀧くんは怪訝そうな顔で食いついた。谷向くんはポケットの中から青色の物を取り出して七瀧くんに向かって差し出す。
「それって……!」
青色の物の正体が分かった私は思わず息を呑む。
「なんで……。お守りは、お前が崖の下に放り投げたはずだろ?」
「放り投げてねぇよ。追い詰めることが目的だったからマジで放り投げる必要はねぇ。……お前らが動揺して固まってから透埜がぶち切れて俺の胸倉を掴むまでの間に、こっそり戻したんだ。つーか、二人ともマジで全然気づいてなかっんだな。ひょっとして俺マジシャンに向いてるんじゃね? 新たな才能発見した?」
おちゃらけた自分の声を打ち消すように谷向くんは深いため息をついた。
「捨てるわけないだろ……。こんな大事な物」
「…………よかった。ホントによかった」
七瀧くんは心の奥底から絞り出したような声で呟くとその場にしゃがみ込んだ。その後、声を上げずに涙を流し始めた。
七瀧くんは今でもお母さんからもらった物を大切にしていて、お母さんのことを想い続けている。
死ねよというたった一言を取り消すことができたら。七瀧くんのお母さんが元気な姿でお家に戻ってきたら、どんなにいいか。
嗚咽を堪えて静かに泣き続ける姿を見て胸が張り裂けそうになる。けれど、七瀧くんが泣けたことに安堵している自分もいた。
泣きたくないのに涙が出てくることは辛いけど、泣きたくて堪らない時に涙が一粒も出てこないこともまた辛いからだ。
生きてていいのかな? 鼻を啜る音で半分以上掻き消されていたから、聞き逃してもおかしくなかった。でも聞き逃さなかった。
私の耳は緊張している時ほど音や声に敏感になるから。
「誰が? ……七瀧くんが?」
七瀧くんは交通安全のお守りを、泣き縋って親の足にしがみつく子供のようにぎゅっと握り締めながら、小さく頷く。
「生きてていいに決まってる。私。谷向くん。そして七瀧くん。誰一人欠けたらいけないし、」
私は背筋を伸ばして空を見上げた。今はまだ灰色だけど、いつかきっと。テントウムシが曇りのない青空に向かって飛び立つ、そんな光景を想像する。
「私たち、テントウムシは、幸せになっても全然〝問題ない〟と思う」
「テントウムシとかどうでもいい。俺は幸せになったらいけない」
「幸せになるの。七、……透埜が幸せにならなきゃ私は永遠に幸せになれない」
七瀧くんが弾かれたように顔を上げた。
ずっと溜め込んできたと思われる感情によって、くしゃくしゃになっているけど、綺麗だということには変わりはない。そんな、七瀧くんの顔に付いている、涙で溺れた二つの瞳には、私の顔が映っている。
「お前が幸せになれないのは……絶対に嫌だ。お前には幸せになって欲しい。だから……幸せをなれるように頑張ろうと思う」
「ありがと……っ!」
私は溢れ出てきた涙もそのままに、七瀧くんを強く抱きしめたら、最初は躊躇するようにおずおずと、やがて、痛みは感じない優しい強さで抱きしめ返してくれた。
私は七瀧くんを泣きそうになりながら睨みつける。
「あっ、そうだそうだ!」
谷向くんがこの場に相応しくない明るめの声を出した。
多分、ふざけているわけではなくて、不穏になった空気を何とか変えようとしたんだろうけど、会話を邪魔されたことに少し不満を抱く。
「透埜にあれを返し忘れてた」
「あれって何だよ?」
七瀧くんは怪訝そうな顔で食いついた。谷向くんはポケットの中から青色の物を取り出して七瀧くんに向かって差し出す。
「それって……!」
青色の物の正体が分かった私は思わず息を呑む。
「なんで……。お守りは、お前が崖の下に放り投げたはずだろ?」
「放り投げてねぇよ。追い詰めることが目的だったからマジで放り投げる必要はねぇ。……お前らが動揺して固まってから透埜がぶち切れて俺の胸倉を掴むまでの間に、こっそり戻したんだ。つーか、二人ともマジで全然気づいてなかっんだな。ひょっとして俺マジシャンに向いてるんじゃね? 新たな才能発見した?」
おちゃらけた自分の声を打ち消すように谷向くんは深いため息をついた。
「捨てるわけないだろ……。こんな大事な物」
「…………よかった。ホントによかった」
七瀧くんは心の奥底から絞り出したような声で呟くとその場にしゃがみ込んだ。その後、声を上げずに涙を流し始めた。
七瀧くんは今でもお母さんからもらった物を大切にしていて、お母さんのことを想い続けている。
死ねよというたった一言を取り消すことができたら。七瀧くんのお母さんが元気な姿でお家に戻ってきたら、どんなにいいか。
嗚咽を堪えて静かに泣き続ける姿を見て胸が張り裂けそうになる。けれど、七瀧くんが泣けたことに安堵している自分もいた。
泣きたくないのに涙が出てくることは辛いけど、泣きたくて堪らない時に涙が一粒も出てこないこともまた辛いからだ。
生きてていいのかな? 鼻を啜る音で半分以上掻き消されていたから、聞き逃してもおかしくなかった。でも聞き逃さなかった。
私の耳は緊張している時ほど音や声に敏感になるから。
「誰が? ……七瀧くんが?」
七瀧くんは交通安全のお守りを、泣き縋って親の足にしがみつく子供のようにぎゅっと握り締めながら、小さく頷く。
「生きてていいに決まってる。私。谷向くん。そして七瀧くん。誰一人欠けたらいけないし、」
私は背筋を伸ばして空を見上げた。今はまだ灰色だけど、いつかきっと。テントウムシが曇りのない青空に向かって飛び立つ、そんな光景を想像する。
「私たち、テントウムシは、幸せになっても全然〝問題ない〟と思う」
「テントウムシとかどうでもいい。俺は幸せになったらいけない」
「幸せになるの。七、……透埜が幸せにならなきゃ私は永遠に幸せになれない」
七瀧くんが弾かれたように顔を上げた。
ずっと溜め込んできたと思われる感情によって、くしゃくしゃになっているけど、綺麗だということには変わりはない。そんな、七瀧くんの顔に付いている、涙で溺れた二つの瞳には、私の顔が映っている。
「お前が幸せになれないのは……絶対に嫌だ。お前には幸せになって欲しい。だから……幸せをなれるように頑張ろうと思う」
「ありがと……っ!」
私は溢れ出てきた涙もそのままに、七瀧くんを強く抱きしめたら、最初は躊躇するようにおずおずと、やがて、痛みは感じない優しい強さで抱きしめ返してくれた。