──高校に入学して間もない、4月末頃。
「「福原さーん」」
「結仁、また呼ばれてる。アイドルっぽく手振ってみたら?」
からかい混じりの栞の言葉に「やだよ」と苦笑して、こちらへ手を振っている3年生の先輩男子数人に会釈だけ返して、落ち着かない気持ちで少し足早に立ち去る。
私はなぜか、一部の3年生の間で「新入生の綺麗な子」として噂されているようで、こうしてときどき声をかけられるようになった。
しかし、中学校では別にモテる方ではなかったし、高校に入って少しメイクをするようになったとはいえ、ごく薄くなので激変するようなことはしていない。
変化に戸惑い、どういうふうに反応したらいいのかもわからなくて、さっきのように会釈やあいさつをするくらいが私の精一杯だった。
「結仁、すぐ彼氏できそうでいいなー。相馬先輩も結仁狙いらしいし」
「えっ」
相馬先輩といえば、空手部に所属していて、形の部で全国大会上位常連というすごい人だ。
おまけに、長身でスタイルがよく、爽やかでかっこいいと、高校内で屈指の人気を誇っている。
「どうする? 相馬先輩に告白されたら」
「それはないでしょ。っていうか、他校に彼女いるって言われてなかった?」
「ああ、別れちゃったらしいよ。久保さんが3年生の仲いい先輩に聞いたから間違いないって」
「ふーん、そうなんだ」
「どうでもよさそー」
「だって、ちゃんと話したこともないし、ありえないでしょ」
「ミラクルがあるかもしれないじゃん」
「ないない」
2人で笑いながら歩いていたときだった。
「……痛っ!」
すれ違った2人組の女子に強く肩をぶつけられて、栞の方へとよろめいてしまう。
「結仁、大丈夫!?」
「う、うん……」
鈍く痛む肩を押さえながら振り向くと、3年生の先輩が冷たくこちらを睨みつけている。
……私と栞は、廊下の中心からはみ出ないよう、端に寄って歩いていた。
真向かいから来ていた先輩たちには当然、私たちの姿が見えていたはずだ。
廊下を広がって歩いていたわけでもないし、すれ違う瞬間にいきなり体当たりするようにぶつかられたし、睨まれていることからしてどう考えても故意だ。
困惑して、不穏な出来事にドクドクと鼓動が速くなっていく。
「チッ……痛いんだけど」
「調子乗ってないで前見て歩けよ、1年」
「……すみません」
驚いてとっさに謝ると、先輩たちは「ふん」と鼻でせせら笑うようにして去っていった。
私と栞が呆然とその背中を見ていると、「『ゆに、大丈夫!?』だって。ダサ」と、わざとらしい高い声で、馬鹿にするようにさきほどの栞の言葉がなぞられた。
「あはっ、今の似てた」
「『す、すみませぇん』……これは?」
「あはははっ、似てる似てる。てか、大したことなかったよね」
「だよね。あの程度ならそのへんに普通にいるっての」
遠ざかっていく2人の声が聞こえなくなるくらいまで、私も栞も硬直して立ち止まっていた。
しばらくしてようやく硬直がとけ、2人で顔を見合わせる。
「……何、今の……」
「わかんない……けど、思いっきり狙って結仁にぶつかってきたよね」
「うん……」
怖くなって、教室へ足早に向かう。その途中、栞が「もしかしたら」と話し始めた。
「3年男子の間で結仁が噂になってるから……それで、面白くなかったのかも」
「…………」
勝手に噂にされて、敵対視されるなんて迷惑な話だ。
不快感や怒りが湧くけれど、それと同時に不安も芽生え始めた。