「はい、今日はここまで。週明けは単語の小テストするからねー」

国語の先生が言った直後、午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り始める。
その音にかぶせるようにして、教室にあちこちから「えー!」「マジか〜」などの声が上がった。
国語が得意なクラスメイトがすぐに立ち上がって、参考書を片手に先生に駆け寄る。

「先生、漢文の問題について質問があるんですけど……」
「15分か20分くらいしたら先生たちもごはん食べ終わるから、その頃に職員室に来なさい」
「わかりました」

先生が職員室へ戻ると、学食や購買に行く生徒が財布を持って出ていき、昼食を持参している生徒は弁当などを取り出し始める。
話し声や物音でざわめく教室で、私は、弁当箱をゆっくりとカバンから出して机に置いた。
頬杖をつき、手持ち無沙汰にマスクのゴム紐をいじりつつお昼の放送を待っていると、斜め後ろの席から「結仁(ゆに)ー!」と名前を呼ばれる。
私は反射的に、すぐさま手を下ろした。
呼んできたのは、中学からの数少ない同級生であり、今も仲がいい鮫島(さめしま)(しおり)だ。

「どうしたの? 栞」

少しほっとして尋ねると、栞は「これ見てよ」とスマホの画面を見せてくる。
開かれているのはSNSのとある投稿で、ケーキの画像を背景に『お知らせ』と文字が入っていた。

「駅近くにあるプチケーキ屋さんの“ハイム”、今度閉店しちゃうんだって」
「えっ!」

“ハイム”は、入学したばかりのころ、高校から駅までの道で見かけて、栞と2人で「気になるね」と話していた店だ。

「1回くらい食べに行きたいよね。土曜とか行ってみる?」
「うん、行こう行こう」

制服のまま、放課後にファミレスやカフェなどに入り浸らないよう言われているので、行くなら土日しかない。
すぐさま賛成すると、栞は「やった」と笑顔になった。

「時間とかまたあとで決めよー」
「うん」

頷いた直後、スピーカーからピンポンパンポーンと音が流れ始める。
入学してから毎日聞いている、お馴染みの短い放送だ。
机を動かさず、食事中の会話は控えるようにという注意事項の再生が終わると、教室内は一気に静かになった。

私も黒板の方を向いて、少し俯き、マスクのゴム紐に手をかける。

しかしそこで少し止まって、さっと、周囲に視線を走らせた。
クラスメイトたちがそれぞれの席で、授業中と変わらず前を向いたままの状態で昼食を取りはじめていることを確認して、ふぅ、と軽く息をつく。

そしてようやく、マスクをそっと外した。