土曜日は快晴だった。
混雑が激しくなるお昼のピーク時を避けて、集合は11時。
久しぶりに袖を通した、黒地に小花柄のワンピース。その裾をわけもなく揺らしながら、待ち合わせ場所にしたモニュメント前で高瀬くんを待つ。
「ごめん、待たせた!」
小走りでやってきた高瀬くんはもちろん、初めて見る私服姿だ。
ゆったりしたシルエットの白いTシャツに、黒いカーゴパンツ。シンプルな服装だけど、英朋の学ランを着ていないとなんだか大人びて見えて、どきっとする。
「ううん、全然。それじゃあ……どこか、ごはん行く?」
「……!」
少し驚いたようにこちらを見た高瀬くんは、すぐに「行こう」と頷いた。
向かったのは、映画館のすぐ近くにあるおしゃれな雰囲気のカフェだ。
席に案内されてすぐ、お手洗いに行って、鏡でマスクの下をチェックする。
蒸れて崩れるので、みっともなくなるよりはと思い、ごく薄めにしたメイク。
でも、いつもの登校メイクとは、眉の描き方やアイメイクのやり方を変えている。
目元の雰囲気だけに合わせるのではなく、顔全体を晒す前提で、全体がちぐはぐにならないことを優先した。
緊張からか少し浮かんでいた汗をそっとオフして、おととい栞と一緒に選んだ明るめの色のリップを塗る。
鏡にうつる私の顔は、こわばった表情だ。
これではだめだと無理やり口角を上げて、大きく一度頷いた。
席に戻ると、既に飲み物が運ばれていた。
ストローが刺されたグラスを見ること数秒。覚悟を決めた私は、マスクの紐へと手をのばす。
しかし──。
「福原さん」
高瀬くんの声に遮られて、マスクを取らないまま、彼の方を見ることになった。
「なに?」
「俺と、付き合ってほしい」
「……!」
「これ、今度こそちゃんと告白だから」
「なんで……いいの? 顔見たら、やっぱ違うってなるかもしれないよ」
「いいんだよ。俺は、福原さんが勇気出して俺に顔見せるって決めてくれたのが嬉しいし、やっぱり好きだって思ったから。……福原さんも俺も、想像してたのとちょっと違う、とかはあるかもしれない。でも、それで嫌いとか、ナシになることはないと思うんだよな。この際白状するけど、俺が福原さんのこと気になってたのって、中3の時からだし」
「えっ」
「顔見たことなくても、まあまあ年季入ってる重い想いなわけですよ」
「ええっ……!?」
中学校では、私と高瀬くんはまったく接点がないはずだ。
どういうことなのかわからずに混乱していると、耳を少し赤くした高瀬くんが、ポツポツと話し始める。
「中3のとき、近所のおばちゃんが飼ってる小鳥がいなくなったことがあったんだ。鳥かごが何かの拍子に開いたらしくて、探しても探しても見つからないんだってものすごく落ち込んでたから、俺も放課後に探すのを手伝ってた」
中学3年生。
小鳥。
その2つのワードで、ある出来事が頭をよぎる。しかし、それがどう高瀬くんと繋がるのかはわからない。
「……小鳥がいなくなって1週間くらい経った雨の日に、街路樹のとこで立ち止まってじっとしてる他校の子を見かけた。──それが福原さんだった」
あの日のことは、よく覚えている。
梅雨にしては雨が少ない年だったけれど、あの日は朝からずっと雨が降り続いていた。
学校からの帰り道、街路樹の根元に何か色鮮やかなものが落ちているのが見えて立ち止まった私は、それが息絶えた小鳥だと気づいた。
そして……電柱や近くのお店などに、情報を求める貼り紙がしてあった子に似ていることにも。
「何してるんだろうって見てたら、木のとこに傘置いて、いきなりどこかに走っていってさ。近づいて傘の下を見てみたら、おばちゃんの小鳥がいて……」
コンビニに走った私は、ビニール手袋やウェットティッシュなどを買って戻り、冷たく硬くなってしまった小鳥を拾い上げた。
鮮やかな羽には泥がはねて、迷子の貼り紙に載せてあった可愛らしい写真とはかけ離れたものになってしまっていたから、これでは飼い主さんに連絡を取って返すにしても気の毒だと思い、できる限り綺麗にすることにしたのだ。
「道端で死んでる動物って、どんな病気があるかもわかんないし、普通は触るの躊躇するだろ。それは間違ってないし悪いことだとも思わないけど……丁寧に丁寧に泥を拭いてやってる福原さんを見て、すげぇ優しい子なんだなってびっくりしたし、尊敬した。本当は、あのとき声かければよかったんだけど……」
言葉の先は、すぐにわかった。
「あの時、たまたまお母さんが車で通りかかったから、小鳥と一緒に家に帰っちゃったんだよね」
「そうそう。あとでおばちゃんに、女の子とそのお母さんが、小箱に小鳥と花を入れて連れてきてくれたって聞いた。おばちゃんは自分を責めてしばらくはかなり落ち込んでたけど、雨の中見つけたのに、眠ってるみたいに綺麗にしてもらってたって言って本当に感謝してたよ」
「そっか……」
「ああ、今はもうだいぶ立ち直って、仏壇のピヨちゃんに話しかけるのが日課だって言ってた」
あのおばあちゃんのことが心配だったけれど、私がしたことでほんの少しだけでも、悲しみを和らげることはできただろうか。
今も悲しみは完全には消えていないと思うものの、立ち直ってきていると聞いてほっとした。
「それからしばらくして、高校生になってから、福原さんを駅のホームとかで何回か見かけてさ。でも、声をかけるきっかけもないからただ目で追ってて……それからのアレ」