翌日。
いつものように静かな昼食を終えると、私は栞を呼んで、中庭のベンチへと向かった。
「結仁、どうしたの?」
「土曜日、高瀬くんとデートすることになった」
「えーっ! やったじゃん! どこ行くの?」
「あんまり詳しくは決めてないけど、映画とか……」
「いいなぁ〜、私も彼氏欲しい!」
しばらく、どういう流れでデートに行くことになったのかなどをいろいろ聞かれる。
ひとしきり質疑応答をしたあとで満足した様子の栞は、そこでふと、私の表情が喜びだけでないことに気づいたらしい。
「結仁、もう緊張してる? まだ木曜なのに」
「だって、明後日だよ。あんまり出かけないから最近全然流行りとかチェックできてないし、何着て行けばいいのかもわかんないし、それに……」
栞に相談したくて呼んだのに、いざ口に出そうとすると、言葉が詰まってしまう。
軽く深呼吸をしてからようやく、私は悩みの種を吐き出した。
「私……マスクを外すのが怖いの。実はまだ、高瀬くんにマスクなしで顔見せたことないんだけど……デートとか、付き合うとかってなったら、さすがにそうはいかないでしょ? 一度は好きだって思われたのに、マスク外してナシだって思われたら、ショックすぎるし……私、マスクありとなしだと結構印象違うって言われたことあるから、余計に怖くて……」
一気に吐き出して、栞の言葉を待つ。
すると──。
「あー、わかる」
あっさりとした反応と、深い頷きが返ってきて、私は少し拍子抜けした。
「めっちゃくちゃわかるよ。私も、初めて会った人の前でマスク外すの、すごい緊張するもん。がっかりされないかなーって。それが好きな相手だったらなおさらだよね」
「うん……」
「でもさ、ある程度、マスクありとなしでイメージ違いがあるのはしょうがないよね。私も、がっかりされたくないって思っといて、正直言うとちょっとがっかりしたこともあるし……あんまり人のこと責められないや。それでも、やっぱり怖さはあるし、できるだけ美化しないようにって思うようにしてるかも」
しばらく、何かを考えるように沈黙した栞は、ややあっておどけたように笑う。
「あ、ちょっといい感じのこと思ったから言っていい?」
「どうぞ」
「私の場合、マスクを外したときに人からどう思われるのかが怖いのって、私も同じように他の人を外見でジャッジしてることの裏返しなんだと思う。見えない部分を勝手にいいようにイメージしといて、失礼な話だよね。なんていうんだっけ、マスク美男美女のナントカ現象」
思い出せなくてモヤモヤするのか、栞は検索をして「アモーダル補完!」とちょっと大きな声で言う。
「現象名が付いてるくらいだし、見えない部分を勝手に想像で補っちゃうのは生物的に仕方なくてどうしようもないことだけど。結局、しばらくの間は見慣れないだけで、その人とその人の顔がちゃんと結びついたら、あんまりなんとも思わない気もするんだよね」
「そう……かも……?」
「だって、顔ちゃんと見たことないけど高校で仲良くなった子とか、趣味とか考え方とかが合ってるってことでしょ? そこに顔って関係ないし。いくら美人でもめちゃくちゃ人のことディスるとか、超イケメンでもそのへんに唾吐くとか、やっぱそういう人とは付き合えないじゃん」
ちょっと極端なたとえではあるけれど、外見がすべてではないというのはとても同意できる。
「って言っても、やっぱり好みはあるから、友達ならともかく彼氏彼女の場合だと、どんな顔でも許せって強要もできないし……うーん、話がまとまらなくなってきた」
話しているうちに混乱してきたのか、栞は頭を抱える。
しかし、聞いていた私は、何かを掴めたような気がした。