放課後、高瀬くんと駅前で待ち合わせをして、商業ビルの中にある大きな書店へと向かった。
「俺、さっと本買ってくるから、先に雑貨のとこ行ってて」
「そんなに急がなくていいよ。私も本軽く見てくるから、終わったら声かけて」
「了解、ありがとな」
本の検索システムのところに向かった高瀬くんは、慣れた様子で機械を操作している。
私はその様子を少し眺めてから、集めているシリーズの新刊がないかを探しに行った。
しかし、お目当ての本は見当たらない。検索してみると、発売日は来週でがっくり。
志望校の過去問集でも探そうかと参考書コーナーに向かった私は、一冊の本を真剣に見ている高瀬くんに気づいた。
邪魔をしたら悪いので、声はかけずに、私も同じシリーズの参考書を探す。
お目当てはすぐに見つかったものの、それが高瀬くんのそばだったので、結局そっと声をかけることにした。
「高瀬くん」
「わっ!」
よほど集中していたのか、驚いたようすの高瀬くんにこちらまでびっくりしてしまう。
彼は見ていた本を勢いよく閉じて、表紙を胸につけるように抱えた。
そのせいで、私の方には背表紙が丸見えだ。
(国立の獣医学部狙ってるんだ……すごい)
獣医学部がある大学はかなり少ないから、難易度も相当に高いと聞いたことがあった。
驚きと尊敬でついまじまじと背表紙を見ていると、私の視線の先に気づいた高瀬くんが「あっ」と声をあげ、なんとも言えない顔になる。
「ごめん……見えちゃった。私も参考書探しにきたんだけど、先に声かけたらよかったね」
「いや……うん、いや……気にしないで」
高瀬くんにしてはものすごく歯切れが悪い。
それだけ動揺しているのだと思うと、不用意に近づいたことが申し訳なくなってくる。
「記憶は……消せないけど。秘密なんだったら、誰にも言わないよ」
「秘密ってわけでもないんだけど……福原さん、あっさりしてるね」
「あっさり?」
「ほぼノーリアクションっていうか。全然びっくりしてない感じ」
「ちょっとびっくりはしたよ。難しいのにすごいなって」
高瀬くんは、少し肩の力を抜いて微笑んだ。
「意外とか言わないんだ」
「意外……? うーん……確かに意外なのかな……? 別に、違和感も何もないと思うけど。高瀬くんならいい獣医さんになれそうだし」
高瀬くんは、しっかりしていて、基本的に落ち着きがある。
それに、疲れているとか、嬉しそうとか、私自身もあまり気づいていなかった私の状態に気づいてくれることも多い。つまりは、観察眼が優れているんだと思う。
そういう日頃の様子からして、飼い主さんたちに的確で安心できる説明をする、獣医になった高瀬くんを想像するのは難しくないくらいだ。
「うん。むしろ似合うと思う」
「……マジか。獣医って柄かよって、よく笑われるんだよな。まあ、こんな見た目だし」
高瀬くんは、明るいシルバーアッシュの髪を指先で軽くつまむ。
「確かに、動物病院で先生として出てきたら、初見だとちょっとびっくりしちゃいそうだけど」
「いや、俺もさすがに獣医になったら髪色戻すよ」
くすくす笑った彼は、参考書の表紙を隠すように持つのをやめた。