──それからしばらく経った水曜日。
「高瀬くんとどんな感じなの?」
昼休みの教室で、興味津々といった様子の栞に聞かれ、私は「さあ……」と曖昧に首をかしげた。
「週2日くらいは、帰りの電車で話してるけど」
「どっか遊びに誘われたりしないの? 高瀬くん、あんなことしといて意外に奥手!」
近くの席の女子に「あんなことって?」「タカセって誰だっけ」「他の学科の人?」と興味を向けられてしまう。
その中に久保さんの姿もあって、高瀬くんのことを思い出して少しふわふわとしていた気持ちが沈んでいく。
栞に視線で訴えかけると、トイレでの一件のことは話していないとはいえ、察してくれたようだった。
3年の先輩女子にぶつかられたときは栞も被害を受けているし、彼女たちと久保さんが親しいことは栞も知っているから、私の意図するところがすぐにわかったのだろう。
「中学のときに仲良かった子の話!」とごまかしてくれた。
「あ、お茶ないや。結仁のも少ないし、一緒に買いに行く?」
「うん、行く」
財布を持ってそそくさと教室を出ていく。
中庭の自販機を目指しつつ、話題は再び高瀬くんと私のことになった。
「高瀬くん的には、もう気持ちは伝えてあるし、待ちの状態なのかもよ。結仁的にありなら、結仁から誘ってみたら?」
「うーん……」
高瀬くんのことは、好ましく思っている。
でも、付き合うとか、恋愛的に一歩踏み出すのはまだ少し怖いというか。
もう少しお互いを知ってからでもいいのかなと思う。
ただ……休日とかに遊ぶとなると、かなりの高確率で、どこかしら飲食店に入ることになるだろう。
2人だと真向かいか、斜め向かいか……どちらにしても、素顔を完全に隠すことはできない。
それが不安で、怖かった。
真っ暗なスマートフォンの画面とにらめっこしていると、不意に画面が明るくなって、『高瀬樹から1件のメッセージ』と表示される。
アプリを開いて見てみると、『今日、帰る前にどっか行かない?』『時間あれば!』と、タイムリーなお誘いが届いていた。
「高瀬くん?」
「うん。放課後どっか行こうって……」
「おお!」
放課後どこかに少し寄るだけなら、夕食があるからとか言って、飲食店を避けることは可能だろう。
『晩ごはんまでに帰れば大丈夫!』と返したあと、どこか安全なところは……と考えて『駅前の書店の雑貨をちょっと見たいかな』と付け加えておいた。
すぐに『俺も書店行きたかったから助かる』と返事があり、これと言ってほしいものがあるわけでもないのに、保身のためにささやかな嘘をついてしまったことが少し苦しい。
それでも、素顔に微妙な顔をされてしまうくらいなら……と思ってしまう。