ぼくはいつも待ち合わせ時間よりも早く着いてしまう。人を待つよりも、待たせる方が苦痛だからだ。
 けれどその日は集合時間より一時間も早くついてしまった。近くの店に入っては集合場所に行って、しばらく待ってまた違う店に行って。どうにも落ち着かない。
「駅ついた」
 メッセージを見て、ぼくは急いで天王寺駅の改札前へと向かう。けれど直前にあちこちに移動してしまったせいで現在地がわからなくなってしまい、結局「そこから動くな」と言われ、おとなしく歩道橋の上で待った。
 人混みの中からこちらに近づいてくるシルエットに気がついてぼくはみるみる口角が上がる。ぼくが犬なら、ぼくの尻尾はブンブンと回っているだろうな、と思った。
「なおくん!」
 ぼくがたまらず手をあげると、なおくんは呆れたように笑った。
 なおくんは同じ高校の同じクラスで、席が前後並んでいて、高校で初めてできた友だちだった。
 おもしろくて、先生に反抗的で、高校最後の年には一緒にドラマを作ったなおくんは船に乗る仕事をしている。三ヶ月海の上で働き、一ヶ月陸で休み、というスケジュールだ。
 なおくんの就職が決まった時は喜びつつも会うのが難しくなるかも、と寂しく思っていたが、神戸の港に船を止める時に連絡をくれて、都合が合えばこうして会ってくれるため、なおくんが学生のころよりも会える機会が増えていた。嬉しい誤算だった。
 
 夜が混じった夕焼けの頃、ぼくたちは適当に新世界あたりの串カツ屋に入った。
 串カツを食べて、なれないお酒を飲みながら互いの近況を報告しあった。
「元気そうで良かった」
「まぁ元気、かな」
 実際は少し前に彼への好意に気がついたばかりで気持ちが沈んでいたが、心配をかけたくないという気持ちと、誰かに話せるほど自分の中でも彼への想いをうまくまとめられていなくて話さなかった。
 ぼくはいつから彼のことを好きになったのだろうか。
 そもそも本当に好きなのか。
 好きって、なんだ。
 ぐちゃぐちゃとしてきた頭の中をアルコールで一掃しつつ、代わりに先輩たちのことを話した。
「良かったな」
 なおくんは安心したように呟く。
 その優しい声が嬉しくて、照れ臭くて、ぼくはうん、と軽く返事をして食べ終えた串を筒に入れた。
 
 駅までの帰り道。煌々と輝くネオンの中で、なおくんと並び夜を歩く。
 なおくんとは同じ塾に通っていた。
 生徒の自主性を重んじる緩い私塾で、見た目も性格もベイマックスのような塾長がいた。休憩といい、近くの自動販売機まで歩く夜の道でぼくは、共通の友人でもあったあいつのことを好きだと告げた。
 その時のなおくんの顔は思い出せない。どう思ったかもわからない。だけど今、こうして地元から遠く離れた大阪で一緒に歩いている。
 それだけで十分にありがたい存在だった。
 あの時と同じ。夜を歩くぼくとなおくん。
 だけどなおくんは船に乗るようになり、肉体も精神も、たくましくなっていた。
 それに比べてぼくはあの頃と、なにも変わっていないような気がする。いや、変われていないのか。
「今さ、あいつとのこと書いてるから、できたら読んでよ」
「ええよ」
「やった」
 駅に吸い込まれていく人と駅から吐き出されてくる人が混じり合う改札前でぼくたちは歩みを止める。
「また撮影したいなー、お前らいいなー」
 なおくんがいうお前ら、とは一緒にドラマ制作をした人たちのことだ。
 ぼくは脚本を学びに大学へ、撮影をしてくれた男の子はテレビ関係の専門学校へ、タイトルのロゴ制作や細かい美術関連をしてくれた薫はデザインの専門学校へ進んだ。
 確かになおくんはぼくたちの進む進路とは違った。
 けれどなおくんは高校の頃から船に乗りたいといい、専門学校へ行って、今現在、船に乗る仕事をしている。
 ぼくからすれば夢を叶えた存在だ。羨ましいし、心から尊敬している。
 そうしていまも、神戸港に止まった船へと帰ろうとしている。
「じゃあまたな」
 ぼくは大きく手を広げるとなおくんはやっぱり呆れ顔で手を広げてくれる。
 ハグをして一秒後。
 なおくんが離れようとするから、ぼくはあえてぎゅっと強く抱きつく。
「やめろって!」
 なおくんが笑いながら力づくで離れようとして、ぼくが手を離す。これが毎回のおきまりのパターンだった。
 ぼくたちは笑いあい、見えなくなるまでなおくんの背中を見ていた。

 電車の車内でドアにもたれ、家の明かりが虫のように過ぎ去る景色を眺めながら、ぼくは腕の中にわずかに残ったなおくんの温もりを思い出す。
 ハグをして一秒。
 この一秒が、ぼくとなおくんが友だちである証だ。
 本当ならもっとハグしたい。身体の内側から無限に湧きでる寂しさを塞いでしまうほどなおくんを抱きしめたい。
 けれどそれ以上は求めてはいけないし、求めたとしても叶うことはない。
 それが、恋人ではないぼくたちの、友達としての線引きだからだ。
 そこでぼくは気がついた。
 彼は、それを叶えてくれたのか。
 小さなベッドで彼はうつ伏せ。ぼくは寝そべり。
 下手くそなテトリスのように噛み合わせの悪いハグだった。だけど気がすむまでハグをすることを許された。
 ハグを、温もりを、寂しさを紛らわすことを求めて、叶った。それが嬉しかったのだ。
 そんな些細なことで、ぼくは惚れてしまったのだ。
 窓に映るぼくの顔は、酒で火照り、気持ちが悪かった。