気がつくと、ぼくは夜の町を走っていた。周りの景色が早送りみたいに過ぎていく。公園という名の王国が、一瞬で遥か後方に去っていった。サンダルが何度も脱げそうになる。涙が風に煽られて、耳の穴まで入ってくる。

 この気持ちは何だろう。胸がちくちくして痛い。どうしてぼくは泣いているんだろう。どうして走っているのだろう。心に浮かぶ問いに答えてくれる人は誰もいない。この寂れた町には電灯が少ないから、日が沈むと本当に真っ暗になる。誰もいない。誰もぼくに気づかない。

 寧々が生理になった。喜ばしいことじゃないか。テルが遊んでくれなくなった。きっといつもの気まぐれだよ。お姉ちゃんに彼氏ができた。おめでとうって言わなくちゃ。分かっているのに。分かっていたのに。涙はどんどん溢れてくる。暑いはずなのに、寂しさが風になって、ぼくの体を冷やしていく。

 汗と涙でぐちゃぐちゃになりながら、ぼくは駄菓子屋の前に辿り着いた。息が上がって苦しい。脇腹が殴られたように痛い。 

「ユリさん」

 息を整えながら叫んだら、風邪をひいたような声が出た。両膝に手をついて、ゆっくりと深呼吸をする。ぼくはふらつきながら、奥の障子に近づいた。

 部屋の電気はついていなかった。テレビの音も、些細な物音さえも聞こえない。誰もいないのだろうか。よく目を凝らしてみたら、闇よりもっと暗い人影がゆらりと動いた。  

「……ぼくの居場所がなくなっちゃった」

 その人影を求めるように、ぼくは障子に手を伸ばした。

「寧々もテルもお姉ちゃんも、みんな変わっちゃったんだ。こんな世界、もう嫌だよ。もう、こんな場所にいたくないよ……」

 心に木枯らしが吹いている。寂しさという名の冷たい風が、ぼくの心を冷やしていく。この風をとめてほしい。そう願いながら、障子を開こうとした時だった。

 ぼくの手が動くより早く、自動ドアのように障子が開いた。顔を上げたら、心臓が大きく飛び跳ねた。

 男の人が、立っていた。