「それで、君は私にどうしてほしいの?」

 悠紫の手によって男性から徹底的に遠ざけられてきた私は告白を受けた時の作法もセオリーも分からない。

「俺、水彩妃さんに笑ってほしい。本当の水彩妃さんが見たい」

 慧佑の返事は意外なものだったが、これが常識的な回答なのかイレギュラーなものかの判断がつかなかった。

「彼氏さんのこと忘れろなんて言いません。俺の恋人になってなんて言いません。でも、俺一回くらい水彩妃さんが笑ってるところ見たいんすよ。絶対可愛いと思うんで」
「無理。だって、悠紫はもういない」
「でも、前期からずっと水彩妃さんのこと見てたけど、彼氏さんといるときも楽しそうには見えなかったから」

 私は笑えていたはずだ。

「笑ってたよ。だって、悠紫が「笑ってる水彩妃可愛い」って」
「本当にそうですか?無理してなかったって心の底から言えますか?」

 私はおかしくなんてなかった。でも、それを証明してくれる悠紫はこの世にいない。

「俺、しつこいんです。だから、水彩妃さんが心から笑えるようになるまでつきまといます」

 心から、本当の、ありのまま、その類の言葉に拒否感を示すようになったのはいつ頃からだっただろう。心の温度が徐々に下がっていく。

「本当の私なんて悠紫しか知らないよ。悠紫がいなくなってから、どう過ごしていいのか分からない」
「水彩妃さん、したいことないんですか?何でもいいんです。もんじゃ焼き食べたいでも、ぬいぐるみが欲しいでも」

 慧佑はなおも食い下がった。彼は根本的に空気が読めない。
 私は一人で何かをしたことがない。上京してきて二年が経つのに、電車にすら一人で乗ったことがない。

 私は流れに任せて目を閉じて考える。目を閉じれば浮かび上がるのは万華鏡の中の世界。そこには、私の好きな音が流れている。

「好きなラジオ番組があるの。そのDJさんにお便りを出したい」


 いつも二人で聴いていたラジオ。ある日、葉書を読まれているリスナーが羨ましくなった。
「俺以外の男に手紙出したいの?俺は二人でラジオ聴いてるだけで幸せなのに、水彩妃はそうじゃないの?」
 悠紫はそう言ってカッターをカチカチ鳴らした。


「でも、悠紫がダメだって」

 つい願望を口走ったものの、明確に禁じられた行為に手をのばすことはあまりにもハードルが高すぎた。

「だったら、俺が共犯者になります」

 二十歳の誕生日まであと数日。一度きりなら羽目を外しても許されると思いたかった。