勉強会をするようになって数日。待ち合わせした中庭に現れるなり、彼はいきなり大声で謝りだした。

「すみませんでした!」

 周りの人が次々に振り返り、視線が集まる。

「本当に知らなかったんです!水彩妃さんのこと好きなのは確かだけど、つけこむつもりはなかったんです!」

 いたたまれなくなり頭を上げさせた。彼は自分の振る舞いが注目を集めていたことに気づき、声のトーンを落として続ける。

「彼氏さんが一か月ちょっと前に亡くなったって、サークルの先輩に聞きました」

 前期の授業が半分ほど終わった頃、悠紫に病気が見つかった。現代医学では手の施しようがないほどに進行していた。その日から最期まで悠紫に付き添った。悠紫が亡くなってからは二人で過ごした部屋で万華鏡の中の世界を眺めていた。ちょっとした手続きでメールアドレスが必要になり、パソコンを使うために数か月ぶりに登校したのが慧佑と出会ったあの日。

「怒ってないよ」

 慧佑が嘘をついているようには見えない。そもそも失礼ながら彼はそんな器用なことができるほど賢い人間ではない。

「でも、なんで君はあのタイミングで私に声をかけたの?」

 責めるつもりは毛頭なかったが、不思議だった。

「水彩妃さんが死んじゃいそうだったから」

 私はあの日どんな顔をしていたか覚えていない。そもそも昨日の感情すら思い出せないほどに、自分自身に興味がない。

「よく見てるね」

 嫌味のような言い方にならないように、わざと明るく言った。

「だって、俺、水彩妃さんのことがずっと好きだったから」
「君は何で私のことがそんなに好きなの?」

 私はついこの間まで彼の名前すら知らなかった赤の他人なのに。慧佑が私を好きになる要素は思い当たらなかった。

「一目惚れしたって言ったら軽い男だと思いますか?」
「思わないよ」

 私が悠紫を好きになった理由も、悠紫が私を好きになった理由も一目惚れだった。幼いあの日から私たちはそれを運命と呼び続けた。