雨ごと全部幻だったかとでも嘲笑うように朝日が昇る。左腕の紫斑も消えていた。それでも、私たちはずぶ濡れで、時計の雫に朝日が反射して万華鏡のように輝くから昨日あったことは夢ではない。
雨に濡れた万華鏡の筒の千代紙が剥がれ落ちた。水色のプラスチックがあらわになる。もう一度中の景色を見ると、また新しく煌めく世界が広がっていた。
「大学辞めて、田舎に帰ろうと思うの」
私の決断に、慧佑は黙って頷いた。
退学届を出して、アパートを引き払った。荷物は貴重品とラジオだけを詰め込めばことたりた。他のものは処分してしまった。
夕方、ホームに見送りに来た慧佑が私の目を見つめて言った。
「水彩妃さん、大好きです」
「知ってる」
知っているけど、今すぐその気持ちに応えろと言われても首を縦には振れない。そして彼も、それを分かっていてなおもまっすぐに気持ちを告げる。
「またね、慧佑」
「えっ、今俺の名前……」
慧佑は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。本当に彼は表情が豊かだ。同時に電車のドアが閉まり、窓越しに手を振った。
生まれて初めて一人きりで電車に乗るという体験は案外あっけなかった。イヤホンを耳にさして、今日もDJハルトのラジオを聴く。
「さて、次の曲行きますよ。うわあ、この曲懐かしいな。僕は仙台の出身なんですけど、昔やってたローカルアニメの主題歌ですね。僕以外にまだ覚えてる人がいるなんて嬉しいです。ラジオネーム・ミズイロさんからのリクエストで……」
私は確かに悠紫を愛していた。誰だって愛した人を地獄に堕としたくはない。だから私は彼を恨まない。たとえ心中を図ったとしても、私は今も生きているし明日からも生きてゆく。私を窮屈なガラスの中に閉じ込めていたのだとしても、私がこれから幸せになるのであれば、悠紫はきっと天国へ行ける気がする。
この電車が仙台に着いたら、万華鏡は悠紫の墓前に返すつもりだ。そして、その足で親方のもとに弟子入りして万華鏡職人になろう。
もし私の手で小さな筒の中に最高にキラキラした世界を作れたら、「私」を教えてくれた君に贈りたいと思う。
雨に濡れた万華鏡の筒の千代紙が剥がれ落ちた。水色のプラスチックがあらわになる。もう一度中の景色を見ると、また新しく煌めく世界が広がっていた。
「大学辞めて、田舎に帰ろうと思うの」
私の決断に、慧佑は黙って頷いた。
退学届を出して、アパートを引き払った。荷物は貴重品とラジオだけを詰め込めばことたりた。他のものは処分してしまった。
夕方、ホームに見送りに来た慧佑が私の目を見つめて言った。
「水彩妃さん、大好きです」
「知ってる」
知っているけど、今すぐその気持ちに応えろと言われても首を縦には振れない。そして彼も、それを分かっていてなおもまっすぐに気持ちを告げる。
「またね、慧佑」
「えっ、今俺の名前……」
慧佑は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。本当に彼は表情が豊かだ。同時に電車のドアが閉まり、窓越しに手を振った。
生まれて初めて一人きりで電車に乗るという体験は案外あっけなかった。イヤホンを耳にさして、今日もDJハルトのラジオを聴く。
「さて、次の曲行きますよ。うわあ、この曲懐かしいな。僕は仙台の出身なんですけど、昔やってたローカルアニメの主題歌ですね。僕以外にまだ覚えてる人がいるなんて嬉しいです。ラジオネーム・ミズイロさんからのリクエストで……」
私は確かに悠紫を愛していた。誰だって愛した人を地獄に堕としたくはない。だから私は彼を恨まない。たとえ心中を図ったとしても、私は今も生きているし明日からも生きてゆく。私を窮屈なガラスの中に閉じ込めていたのだとしても、私がこれから幸せになるのであれば、悠紫はきっと天国へ行ける気がする。
この電車が仙台に着いたら、万華鏡は悠紫の墓前に返すつもりだ。そして、その足で親方のもとに弟子入りして万華鏡職人になろう。
もし私の手で小さな筒の中に最高にキラキラした世界を作れたら、「私」を教えてくれた君に贈りたいと思う。



