「悠紫……」

 紫色の鏡を背にして生前と同じ姿の悠紫が泣いている。

「水彩妃、一緒に地獄に堕ちて」

 悠紫が私に向けて手を伸ばす。この手を取れば、私は一人ぼっちにはならない。鏡の向こうの地獄でまた愛し合える。

「お願い水彩妃。好きだよ。愛してるから、俺を一人にしないで」

 慧佑の手を振り払い、悠紫の手を掴もうとすると、ひときわ大きな声で慧佑が言う。

「水色の、鏡」

 その呪文で悠紫の背後の鏡の色が水色へと変わった。鏡に映る私は悠紫と出会う前の子供の姿で歌っていた。見る見るうちに大人になった私はラジオを聴きながら大事そうに葉書に文字を書いている。
 それを見た私は腕を引っ込めて、両手で強く万華鏡を握りしめた。私は気づいてしまった。自分の本心に。

「嫌だよ、俺のこと見捨てないで。俺には水彩妃だけなんだ」

悠紫が子供のように泣きわめく。

「ねえ、水彩妃。俺のこと嫌いになった?うそだよね?水彩妃、俺を一人にしないで」

 彼を抱きしめてあげたかった。悠紫と、かつてないほどに自らの生を感じた出来事を天秤にかける。

「悠紫のこと愛してた」

 私は悠紫という鳥籠の中で自由を渇望していた。閉ざされた世界で、万華鏡を介して必死に無限に広がる世界をこの目に映そうとしていた。

「さよなら、悠紫」

 有志の影は音を立てて割れ、光の粒となって雨の中に消えた。