傘の下で、私は万華鏡をくるくると回しながら覗き続ける。私の左側に座った慧佑が時々私に話しかける。

「死なないで」
「それは無理」

 このやり取りはもう十回目だ。

 晩秋の深夜は寒い。慧佑は私の方に傘を傾けてくれているけれど、それでも強い風が横から雨を叩きつける。確かに寒いのに、私の体は震えない。私の本能は生きることを拒否している。
 中庭の大時計はあと数分で零時になろうとしている。いよいよ体が動かなくなる。もはや完全に左腕の感覚はなくなっていた。薬指の付け根に指輪のように黒紫の痣が浮かび上がる。そして、じわじわと紫色の斑点が薬指から心臓に向けて現れ始めた。

「色々ありがとね」

 地獄へ堕ちる前に、穏やかなひと時をくれた青年に小声でお礼を言った。日付が変わるまであと数秒。

「水色の鏡」

 今にも泣きだしそうな声で慧佑が呟いた。彼は乱暴に傘を地面に投げ捨てる。

「水色の鏡、紫の鏡の呪いを解く言葉です。死なないで、水彩妃さん」

 彼はコートを脱いで、私の肩にかけた。動かない左手を両手で包み込むように握りしめながら、呪文を唱え続ける。

「水色の鏡、水色の鏡」
「やめて、やめてよ!」

 彼の声をかき消すために、頭の中からその言葉を追い払うために叫んだ。知っていた。紫の鏡の呪いを解く方法が存在することは。その鍵が何であるかを知ることがないように必死に逃げてきたのに。

「紫の鏡、紫の鏡」

 呪いの言葉を唱え続ければ、私をこの世にとどめる言葉も振り払えるだろうか。

「水色の鏡、水色の鏡、水色の鏡」

 慧佑は雨をものともしないほど大きな声で泣きながら叫び続けた。水色の鏡、紫の鏡、声が枯れるまで唱え続ける呪文。言葉の合わせ鏡はどちらかが割れるまで永遠に終わらない。
 先に枯れたのは私の声だった。跪いて私の手に縋りながら蚊の鳴くような声で慧佑はなおも水色の鏡と唱え続ける。ああ、二十歳になってしまった。時計を見ようと顔をあげると、暗闇の中にぼうっと悠紫の姿が浮かび上がった。