コンコン、と部屋のドアがかるく叩かれる。



「入ってもいい?」

「うん、どうぞ」



ドタを開けて、一歩、俺の部屋に踏み込んだ母さんはにっこりわらう。幸せそうな顔だ。



「勉強中にごめんね。お昼ご飯なにがいいかなって思って聞きに来ちゃった」

「昼ご飯……なんでもいいの?」

「これからお買い物に行くから、なんでもどーんと言ってご覧なさいな」



こういう会話を真正面からするのは、なんだか久しぶりな気がした。母さんが調理をしてくれるときはたいてい食べたいものを聞かれるけれど、いつもは俺も手伝えるものを、と思って答えていた。



今日は母さんにすべてまかせてしまって、勉強に集中しよう。そう決めて宣言までしていたから、こんなに母さんが笑顔なのかもしれない。



「じゃあ、クリームパスタが食べたい」

「ほんとう? お母さんの得意料理だね。頑張るから、お昼ご飯楽しみにしてて?」

「うん、ありがとう」



やわらかく音があがる語尾。いつも通りで、けれど母さんの飛び跳ねるようにかろやかに歩いていく姿で、いつもとちがうとわかって少しわらった。



ゆるんだ表情を引き締めるように、集中してやろうと頷く。そのタイミングで、ふと本田に礼を言っていないことを思い出した。言った気になっていたけれど、あれは、聞いてくれることに対してだった。



俺がそのあと本田に返したのは、は? というありえない一音だけ。



明日、本田のクラスに──いや、本田のクラスは知らないんだった。それに、いまさら礼を言いにたずねるのもなんだかおかしい気がする。



次に会ったら、自然に伝える。



それでもいいかなと考えた。なんとなく、呼吸につまったような気もした。