「ううん、お母さんこそいつもごめんね。今日はお母さんが作るから、勉強の続きやってて大丈夫だよ。プリントたくさん広げてるでしょう?」

「でも、母さん疲れて帰ってきてるのに」

「疲れてるのはお母さんだけじゃないよ。あなたもそう。いつもできてないぶん、今日はやらせて?」



母さんの語尾は、やわらかく音があがる。ちいさい子どもに言い聞かせるように、相手に気を遣わせないように。



「……ほんとにいいの?」

「もちろん。むしろいい子に育ちすぎて、我が子ながら尊敬してるの、はい、どいたどいた」



かと思えば、どいた、なんてこちらをどかせる言い方をする。勉強してきな、だとか、待っててね、だとか、もっとあたたかみを持たせた言葉選びだってできるはずなのに、わざと。



そういうふうに言えば、相手が過度に気を遣わなくて済むと知っているのだ。



俺は母さんのそういうところがすごく好きで、尊敬している。母さんは俺のことを尊敬していると言ったけれど、どこをどのように見ているのかわからなかった。



俺は、あなたが愛したひとを、愛しているひとを、愛することができていない人間なのに。と。



「……スマホ」



勉強に集中するために、と机の隅に追いやっていたスマホを手に取り、検索欄にスローモーと打ち込む。



本田が言っていた通り、しっかりスローモーションの略語だった。うそだと思っていたわけでもないけれど、あのタイミングであの知識は、俺だったら伝えられないだろうから信じられなくて。



いちど深呼吸をして、スマホの電源を切った。また、集中できそうな気がする。



信じられない言葉だった。それでも、間違いなく俺には必要だった。シャープペンシルを握った親指が少しだけ痛んだけれど、手を止めようとは思わなかった。