ちがった。



「スローモーションは、スローモーってふうに略せるんだよ」



言われた瞬間、あんまりにも意味がわからなくて、わざわざ聞いてくれたという相手に「は?」なんてふうにぶつけていた。



これでは慰めがほしくてしかたなかったみたいだ。そうじゃないのに。そうじゃ、なかったのに。



「なんだかんだ言って、おまえ、悲しくなってんだな」



本田は横目でそうささやいて、じゃあ帰るから、と最後に言った。



どんよりとした空が、似合いすぎるほど姿勢のいい背中。



俺が悲しくなってる。それを伝えるとしても、順番が逆じゃないかと思う。思って、けれど、次にははあーとどうでもよくなった。



苦しいとか、辛いとか。罪悪感なのか、痛みなのか。それすらもわかっていなかった俺の心の中が、『変な奴』によって客観的に言語化された。



それに、びっくりするほど息がしやすくなったんだ。



雨は降らなかった。家に着いて、課題を再開した。母さんが仕事から帰ってきた玄関の鍵の開く音を聞いて、初めて、こんなに集中していたことに気がついた。



「おかえり」

「ただいま。……あれ、何かいいことあった?」

「あったかも」



よかったねえ、と母さんはわらう。まあねと返して、それからすぐにはっとした。



「ごめん、母さん。夕飯何もしてない」

「うん?」

「準備するの、わすれてた……ほんとうにごめん、急いで作るから」



課題を始めたのはよかった。それでも、何かがよくできると何かをわすれる。バランスよくできていると言えばそうなんだろうけれど、そういうことでなくわるい意味だ。