「あ……のさ」
「なに?」
彼は、話しかけられたことに驚いた、という様子を一ミリだって見せなかった。話しかけてくるだろう、とあらかじめ考えていたような。
「あー……と。その、ちょっと聞いてくれる?」
「いいよ」
「ありがと。昨日さ、父親の形見だったとんぼ玉のブレスレットを壊しちゃって、玉が弾け飛んだんだ。その瞬間がすごいスローモーションに見えて。あ、でも俺、父親のことめちゃくちゃ嫌いだったから気持ち的にはなんでもないんだけど、それで、……えーと」
同情してほしかったわけではない。ないはずなのに、どうしてか、なんとなくか、昨日あった出来事を話してしまった。世間話程度にするにしたって、いくら直近の話とはいえ、こんなの重いか。
それでも、いまさら話題の方向転換なんて思いつかない。
「──それで、玉がひとつだけ見つからなくて」
「ふうん」
本田はしんとしたトーンで相槌をうつ。思い返せば、クラスの中心にいる本田は、あの陽であふれる中にひとりだけ、ひどいくらいに落ち着き払っていた。
俺が本田と会話したことのなかったのは、陽のテンションが得意でないから、馴染めないから、という理由だけではないのだろう。
ごくごく単純に表すなら、本田のことが怖かったんだ。
そのことにやっと気がついたって、目を合わせてしまったのも、声をもらしてしまったのも、こんな話を始めてしまったのも、全部が俺だった。
そんな怖い本田が聞き手だといえ、慰めの言葉を向けられると思っていた。だから俺は、できるだけ嫌味なく、できるだけその言葉を求めていましたと見せないようにと、返事を考えていた。