進路選択のときに、もっと自分の考えを伝えようと意識して話しかければよかった。父さんと話せばなんでもどうとでも決まると、信じていたんだ。そうじゃなくて、父さんは、俺のちからをもとに、父さんと母さんのちからはサポートに、決めてほしかったんだ。
ゲームだって、きっと、仲良くしたかったんだ。
考えれば考えるほど、不器用で、無愛想で、それでも俺と母さんのことばかり考えていてくれたことを知っていく。
どうして、父さんが生きているうちに思い至らなかったんだろう。
どうして、父さんが死んでしばらくたつまで、こんなに深く考えることができなかったんだろう。
父さん、あのさ。
じつは、父さんが死んでから、大学生になったら本格的にやりたいことがちゃんと決まったんだよ。
そのために、最近では苦手だった理科にも数学にも果敢に挑戦してみてるんだ。
父さんが目の前で聞いていたらびっくりしたと思う。それで、そのあと、よく考えたんだなって言ってもらえるまで俺は話し倒すって決めてる。
きっと父さんは、俺が本気で考えて本気で話していることについてだったら、了承してくれるだろうってわかってる。
それでも、真剣に俺が話し出したら最後まで聞いてくれるってことも。
だから俺は、父さんに認めてもらうためというていで、父さんに俺の決めたことをたくさん聞いてほしいっていう気持ちで話すんだ。
医大は学費が高いって知っているけれど、できるだけ頑張って、少しでも安く、それでいてやりたいことにいちばん近いだろうと思うところに通うっていう我儘を貫くつもり。
母さんはいいじゃない、ってわらってくれた。
それで父さん、どう思う?
──なんて。いまはまだ、心の中で話しかけるだけ。今度模試の結果と通知表が帰ってきたら、父さんに向けて声に出して話すから、もう少し待ってて。
医者の魅力と俺のできることについてのプレゼンテーションも、しっかり計画立てておくから。
俺の手で、どれだけのひとを救うことができるのかはわからない。もういちど父さんの手首にある青色が見たくなって、ページを戻す。
とんぼ玉は、やっぱり父さんのものだと思った。俺が持っているのはまぎれもなく父さんの形見だと、理屈でなく強く。
このブレスレットは弾け飛び、俺は一粒の姿を見失ってしまった。一緒に映る青空が反射しているしゃぼん玉も、きっといつかで弾けた。
青空を背負う本田の後ろ姿を思い出す。
アルバムを押し入れへと戻した。今度は俺だけがすぐに見られるようにでも、俺が見たくないからでもなく、母さんも俺も、見たいと思ったタイミングで父さんに会いに行けるように。
もう少しだけ、見失ったあの青色の一粒を探そうか。
End.