「俺が現在進行形で父親や学校の友達と離れることに未練があるのに、悲しんでるくせして嫌いだったとかなんでもないとか言ってのけるおまえに腹が立って、心がないだろってこと言った。スローモーの知識なんて普通に考えてあのときいらないし」
「あの突然の知識披露はびっくりした」
わらう俺を見て、本田は目を丸くする。よくわらえんな、心広いな、って。心が広いわけではないだろ、「は?」なんて直接ぶつけたよ。
「俺こそ、『は?』なんて言ってごめん」
「あれはそりゃそうって感じの言葉だ」
「おまえがそう思ったとしても、謝る」
本田は大袈裟に首を横に振って、続けた。
「それから、なんだかんだ言って悲しくなってんじゃねえかって思って、馬鹿にするみたいなことも吐いた」
「え、それそういう意図だったのか」
「どういう意味だと思ったわけ?」
「俺のことをまわりくどく慰めてくれた、みたいな」
とんだポジティブ思考だなと、今度は本田がわらう。しかたないだろ、思ったもんは思ったんだから。
俺はあのときのおまえのおかげで、いまこんなにも生きてるんだから。
「だって俺、直接優しい言葉をかけられても、同情されても、たぶんまったく響かなかっただろうし。なんなら批判してたかもしれない。怒鳴りつけてたかもしれない。俺は、おまえのその変な奴ぐあいに救われたよ」
「……なにそれ」
「なんでも」
「変な奴」
「おまえが言うかよ」
本田は肩を揺らすくらいにわらって、ほとんど何も入っていないであろうリュックサックをカサカサと鳴らした。
いつか本田が、今日のこの会話を思い出して、少しでも荷物を増やそうと思えたらいい。
「理由」
「え?」
「気になる? 離婚の理由とか、母親についていく理由とか」
「ううん」
「気になんないの? すごいね」
すごいのか。少し首をかしげて考えたけれど、自分ではすごいと思わなかった。