言いたいことを言い切った俺は、早くここから立ち去ろうと思った。
「だれか待ってるんだよな。ごめん、急に。それだけだから」
言い切った俺は、早く立ち去るつもりだった。
「おまえのこと待ってたんだよ」
「え、俺?」
「そう。聞いてくれない?」
本田は初めて、意図的に俺の顔をまっすぐ見た。黒髪が揺れ、光に透かされたいくらかが綺麗な茶色に光る。
偶然合ってしまったわけではない、故意での視線の絡まりあい。これをほどくのは、きっと、そらすよりもはるかに難しいだろうと思った。
「聞くよ」
「どうも。俺、転校することになった」
「……転校?」
あまりにもさらりと言うから、一拍あけて聞き返すことになった。頭が追いつかなくて。そうして、俺がこれを聞いてもいいのかと不安になる。
本田も、俺から話されたときにはこういう気持ちになったのだろうか。だとしたら、ただ怖い、『変な奴』でもないのかもしれない。俺の中で本田の像が動いていく。
「うん。高二の秋から冬にかけてでの転校って珍しいじゃん、やっぱり理由はあって」
親が離婚することになったんだ。俺は母親についていくことになって、母方の実家に住むことになった。だから転校しないと遠すぎてここには通えない。母親についていくことも、住まいが変わることも、学校を変えることも、俺は了承した。むしろいいんじゃない、ってくらいゆるく頷いた。
だけど俺、父親のこともまあ普通に好きだったんだよ。
だから、ね、どうしても割り切れないっていうか。俺は、おまえにキツいこと言った。
「ごめん」
「……キツいことって?」
どれのことだかわからなかった。「は?」と思ったあれだろうと見当はついたけれど、俺はあの言葉に救われてもいたから、それのことだと決めてかかるのはちがう気がした。