翌日から、倉吉先輩は部室に来なくなった。部室の鍵を借りるついでに上村先輩に話を聞きに行くと、倉吉先輩は学校も休み続けているらしい。
入部希望の一年生も、文芸部の部員も誰一人部室に訪れることはなく、三日目あたりから部室に行くのを止めようかと悩んだ。
放課後に部室に行くのは強制ではない。相変わらず小説の続きを書く気にもなれなくて、部室でもただぼうっと時間を過ごすだけだった。
けれど部室に行けば、これまでのように倉吉先輩の挨拶が聞こえるような気がして。
そうこうしている内に一週間が過ぎ、一年生の仮入部期間が終わった。文芸部には一年生が二人入部したようだが、一度も見学に来なかったことから考えるに、そこまでやる気のある部員ではなさそうだ。
放心状態の私を気遣ってくれたのだろう。休日は穂乃花に誘われて遠出をして遊んだが、心から楽しむことはできなかった。
そうして迎えた月曜日の放課後。少しだけ頬を赤らめて駆け足で図書室に向かう夏恵と別れ、いつものように部室へと向かった。
定位置のパイプ椅子に腰を下ろし、無心で天井を見上げていた時。
突然、立てつけの悪い部室の引き戸が開かれた。
「えっ」
「おはよう。ミャオの方が先に来てるなんて、珍しいな」
「お、おはようございます」
さらさらと黒髪を揺らしながら部室に入ってきた倉吉先輩。彼は穏やかな表情でそう挨拶すると、長い間空席となっていた斜め向かいの席に座った。
まるであの日のことがなかったかのように、倉吉先輩は以前と全く変わらない様子で、袋から新品のルーズリーフを出す。けれど確かにあの日はあったのだと、マフラーの代わりに巻かれた白い包帯がそれを証明していた。
あまりにもあっけらかんとした彼の態度に、私の方が動揺してしまう。
倉吉先輩はシャーペンを握ると、視線を落としたまま平然と呟いた。
「話したんだ。これまで柚香さんにされてきたこと、全部」
倉吉先輩がマフラーを外したということは、何か進展があったのだろう。薄々察してはいたが、彼の口からそう報告されるとは思わなかった。
「ご両親は、何と?」
さすがに直球すぎたかと後悔するが、倉吉先輩は気にした素振りを見せず、淡々と答える。
「二人もなんとなく察してたみたいでさ。そこからは早かったよ。柚香さんは精神科に通い始めて、俺との接触が全面的に禁止された。同じ家に住んでる家族だから、顔を合わせる機会が完全になくなったわけじゃない。でもそこは母さん達が、俺と柚香さんが二人きりにならないよう配慮してくれて」
その話を聞いて、肩の重荷が下りていくようだった。
(よかった。これでもう、倉吉先輩は大丈夫だ……)
そう安堵していると、ふいに倉吉先輩は顔を上げ、私の顔を見て二ッと笑う。
「ミャオの方はどうなんだ?」
「私……?」
「スランプ、抜けられたのか?」
唐突にそんな質問を投げかけられ、今度は私が俯く番だった。何も乗っていないテーブルを見据えながら、ぽつりぽつりと近状を語る。
「……続き、書けなくなってしまいました。次の展開のアイデアはいくつか浮かんだんですが、いざペンを持つと、腕が動かなくて」