「ホーソンさん、お忙しいところすみませんが警察です。先ほども連絡しましたよね?」
「……」
「聞いてますか?」
「……」
「オイ、支配人」
 ようやく顔が上がった。俺の声に驚いたのか、手元の本が最後のページを読み終えたからなのか。ばたりと閉じられた本を眺めながら、恐らく後者だろうと直感が告げる。俺の足が大きく一歩を踏み出すたびに埃が舞った。
「あ……すみません。全然気づかなくて!もうそんな時間か……」
「こちらこそ。ご多忙のところを失礼します」
「今はオフシーズンというか稽古期間中なので、劇場自体は別に忙しくないです。だから毎日本を読むには調度いい」
「……オフなのにここにいるんですか?毎日?」 
「この空間が好きなんです。なんか落ち着きません?おじいちゃんの家みたいで。舞台の上に立つ色んな役者たちの息遣いが、過去と今からどっと流れ込んでくる」
「いくつかお聞きしたいことがあります。今日我々が来たのもそのためです」
 演劇論なら他で語れ、とやんわり制す。
「何個?」
「は?」
「〝いくつか〟って、どれくらい?」
「それは―」
 こんな馬鹿げた質問をする奴は久しぶりだった。凶悪事件の関係者を取り調べていた時でも、もう少しマシな暴言を吐かれたものだ。まだ何も罪を犯していない一般人から、至極純粋な顔で尋ねられるほうが精神的には堪えた。
 とりあえず質問を無視して話を進める。業務上、最低限弁えていた敬語も次第に乱れていくのが分かった。容疑者相手ならいざ知らず、ただの民間人に馴れ馴れしく話すと逆ギレされることはよくあるが。このホーソンにその心配は無用な気がした。
「ここ数年、この劇場を巡って不可解な事件が起きているのはご存じですよね」
「あー……あったような」
「半年前、所属劇団員の一人が稽古中に高所から落下し運悪く死亡。これだけならよくある不運な事故として誰も気に留めなかった」
 彼の遺族を例外として、の話だが。
「昨年の秋、この劇場に雇われていた照明係の一人が自宅で強盗に遭い死亡。3年前には主演俳優が病死……コイツはまだ三十代前半だった。そして5年前には設備点検をしていた工事関係者四名が相次いで事故死。いくらなんでも死に過ぎだ」
「じゃあ刑事さんは……あ、お名前いいですか?」
「は?」